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ACT-2 吹抜危機一発

 東京都の郊外にある八王子の一日は短い。7時を過ぎれば、駅前の飲食店は閉まってしまう。どうせ、店を明けても客が入らないからである。
 そんな八王子駅前に一軒の店だけが灯をともしている。店の暖簾には登竜門と書かれている。中華料理専門店である。その店の前から駅まで続く長蛇の列は、今や八王子のあたりまえの風景となっている。
 人々はその店の料理の味にも十分満足しているが、何よりもその店の中に入るだけで心が穏やかになり、日頃のいやなことを忘れることができるのだ。また、明日への活力を生みだす店主の笑顔もこの店の魅力である。
 やがて、仕入れたすべての材料がなくなり、列に並んだが食べれなかった人達のためいきが辺りをつつみ、人々は明日こそは会社を早退してでも食べてやると心に誓いその場を足早に去っていく。

 10時を回った。吹抜は暖簾をしまうべく表にでた。先ほどまでの行列で喧騒としていた通りも今では静寂が満ちている。暖簾に手をかけた際、ふと一匹の蚊に気づき動きをとめた。
 だが、吹抜の動きを通りの向こうから監視していた『○○3兄弟』の一人、オメガはそうは思わない。自らの気配を読まれたかと思い驚愕した。未だかつて、己の気配を人に読まれたことはない。
 その驚愕は気配となって現われる。
 そのわずかな気配を吹抜は感じ取った。
「誰だ。そこにいるのは」
 吹抜は気配を感じた方向に向かって叫んだ。
「さすが、と褒めておこう。それでこそ私と戦う資格がある」
 今度は吹抜が驚愕する番であった。目の前にいる男は身長2m30cmはあるかと思われる男である。その男が直径が30cmにも満たない下水用マンホールから出てきたのだ。
「俺の名はオメガ。貴様を殺しに来た。だが、その前にラピスを出してもらおうか」
「何のことだ」
「とぼけるのはよせ。貴様がラピスの所有者であることは分かっているのだ。まあ良い。腕の一本もなくなればしゃべりたくなるだろう」
 オメガはそういうと瞬時に間合いをつめる。風をきりながら右フックがうなる。
 吹抜はそれをかわさず両手でさばく。だが力を流しきれずに吹き飛ばされた。
 受け身をとろうとする前にオメガが蹴りをいれに行く。
「ちぃ、」
 吹抜がつぶやく。蹴りは吹抜の身体をかすめる。だが、受け身の体制を崩された吹抜は最初の一撃のダメージをかなり受けた。
 だが、吹抜の顔は恐怖でひきつるどころか笑みすら浮かべている。
「ぞくぞくするな。世の中にこんな恐ろしいやつがいるとはね」
「驚いたぞ。今の攻撃でまだ口が聞けるとはな」
 オメガはそういうと両の腕から二本の刃をだした。両腕に埋め込まれている刃である。
 その刃は青白く輝いている。あたりの温度が上昇する。
 吹抜は腰にまいていた前掛けをはずし敵の攻撃に備えた。オメガは前方に大きく跳んだ。吹抜は前掛けをオメガに投げ付ける。前掛けをオメガが手ではらうとそれは炭化した。
 吹抜は低い姿勢から着地の瞬間のオメガの足をはらおうとしたが、オメガは身体をひねり着地点をかえ吹抜の蹴りをかわす。そして再び跳躍する。
 それを予期していたかのように吹抜は両の手で地面をはたき、垂直方向に蹴りをはなつ。
 跳躍していたオメガはかわしきれず空に舞った。大きな地響きとともにオメガが倒れる。
 だが、さほどダメージを受けたようには思えなかった。事実、オメガは立ち上がった。
「常人とは思えぬ速さだな。この俺が蹴りをくらうとは」
「貴様こそな。その大きな身体でその動きができるとは驚いた。怖いな、次は何をみせてくれるんだ」
「これだ、うけてみるがいい」
 オメガはそういうと両腕を吹抜にむけた。オメガの両腕は肘から先が離れ、吹抜に向かった。
 一撃目はなんとかかわせたが、二撃目は吹抜の腹部を直撃した。高熱で肉の焼ける臭いがした。それでも、身体を貫かれずいたのは、あたる瞬間、両方の拳で飛んできた腕を鋏み込むようにつかまえたからである。
 吹抜の口から血が一筋流れる。
「貴様、サイボーグか」
 切り離した両腕はオメガの元に戻っていく。
「いかにも、俺の身体には人を殺すためだけの武器が組み込まれている。さて、そろそろラピスをだしてもらおうかな」
 オメガは倒れ込んでいる吹抜に蹴りをいれた。
「うぐっ」
 吹抜の身体は宙に舞い壁に激突した。
「強情な奴だな。まあいい、ラピスは死んだ後にでも探させて頂く。とどめを受けるがいい」
 そういうとオメガがの目が赤く光る。
「おっと、化け物、それ以上はさせねぇぞ」
 その声と共にマドロスハットがオメガに向けて飛んできた。オメガの目から放たれた光がマドロスハットを焼いた。
 オメガがマドロスハットの飛んできた方向をみると一人の男がいた。
「吹抜の作る餃子は格別な味なんでな、死なれちゃ困る」
「貴様、何物だ」
「だい…どうじ…」
 吹抜はつぶやいた。昔ながらの友人で、豪華客船の船長をしている大道寺であった。
「俺の名は大道寺。貴様の探しているラピスを持っているのはこの俺だ」
「何、何故、貴様がラピスを」
「かつて、核攻撃による負傷で余命幾ばくもない俺に友が託してくれた。だが、すでに放射能障害も完治した今、返そうと思い尋ねてみたらとんでもない場面にでくわしたわけだ」
「まあよい、そのラピスをよこすがいい」
 オメガは大道寺に向かって足を踏みだした。その瞬間、オメガの頭上にネオンの看板が落ちてきた。オメガはそれを手ではらう。その瞬間、オメガの身体に電流が流れる。青白い火花が散る。
 オメガの動きが一瞬とまる。その隙を大道寺は見逃さなかった。
「吹抜、受け取れ」
 大道寺がラピスを吹抜に向けて投げる。吹抜はそれを受取り、首にそれをかけた。
 ラピスの輝きが一段と増す。
 吹抜が動く。疾風の動きだ。全身に傷を負っている男の動きではない。
 だが、オメガも吹抜の動きは捕えていた。口から針が数本吐かれる。
 針は吹抜の肩をかすめた。吹抜は跳躍し、オメガを飛び越える。吹抜を追って振り向くオメガ。だが、そこには吹抜の姿はない。すでにオメガの右方向に移動している。
 オメガの体内に埋め込まれたレーダーが吹抜の動きは追っている。たとえ、吹抜が死角にまわりこもうとオメガには追尾できる。目からレーザーを右方向に放つ。
 だが、そこに吹抜の姿はない。レーダーからも消えている。
「上か…」
 オメガが気がついたときには遅かった。吹抜の天頂方向からひざをおとすと同時に発勁を放つ。発勁は肩口を直撃した。オメガの腕が肩からもげた。
 肩から放電させながらオメガは膝をついた。
「腕をもがれたのは貴様のほうだったな」
 吹抜は肩で息をしながらオメガに向かって言った。
 オメガは地面に落ちている自らの腕を見ながら信じられないといった表情をしていた。
「ウオー、貴様ら許さんぞ」
 オメガの怒りは頂点に達した。
「貴様ら、まとめて殺してくれるわ」
 オメガの胸が大きくひらく。開かれた胸の奥には丸い無数の穴があいている。
 その穴から放たれる力で空間がゆがみはじめた。
「すでに両足でたつこともできまい。この重力発生装置は半径20mに通常の1000倍の重力を発生させることができる。いかな貴様らとはいえこの重力のもとでは身動きできまい。つぶれてしまうがいい」
 吹抜と大道寺は地面にうつぶせに倒れたまま身動きできずにいた。身体の骨がきしむ音が聞こえる。もはや、指一本動かせぬ。

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