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ACT-5 そして台湾へ

 吹抜と大道寺が危機を脱したころ日本へ○○3兄弟とともに向かったと思われていた如月は台湾にいた。その容貌は美しく街を歩けば女性に限らず男性すらも振り返るのはここ台湾でも同じである。
 如月は「ルルドの聖母」最高幹部の一人であるシスターと呼ばれる女性の命を受け○○3兄弟とともに日本に向かう旅客機の中から忽然と消え、○○3兄弟とは別行動をとっていたのである。
 如月の脳裏にはかつての吹抜との死闘が鮮明に残っている。幾度となく吹抜を追い詰めながら敗退しているのである。
(俺がラピスと同等の力を手にいれれば、条件は同じはず。ならば、・・・・・・)

 如月が日本に向かわず台湾を訪れたのは理由がある。「ルルドの聖母」の情報局からの情報では、台湾の故宮博物院にラピスに匹敵する奇跡の品が封印されているという。

 故宮博物院は世界4大博物館の1つであり中国の歴代皇帝が収集したコレクションが展示されている。3ヶ月に一度入れ替えを行うが公開される全ての品を見るには8年かかってしまう。一般に公開される品とは別に地下奥深くに封印され人目に触れることのない物も数点ある。その中の一つが「風水四神羅盤」である。かつて、「ルルドの聖母」がこの奇跡の品を入手しようと送り込んだ人間の数が3桁に及ぶ。だが、帰還したものは皆無である。

 故宮博物院に入ると正面に蒋介石の肖像が飾られている。その前には日本人観光客に蒋介石がいかにすばらしい人物かを熱心に紹介しているガイドとそれを聞く日本人の観光客がいる。だが、そのようなものに構うことなしに如月はその肖像画の前に立つ。懐より線香を取り出すと床ににばらまく。その双眸が妖しく輝きいくつかの真言を唱えると手より雷を発した。すると高さ5m近くの7本の円柱があたりに現れ、熱く真紅に灼け、7色の焔を吹き出す。7本の円柱はゆっくりと地面に潜っていく。やがて円柱の頂上が見えなくなり、その穴から焔が吹き上げる。あたりは突然の変化に言葉を失っていた観光客が我を取り戻し大声で叫んでいる。如月にとってはその喧騒すら気にならぬらしく。その焔を眺めている。しばらくすると穿たれた穴に囲まれた床が崩れ地面に大きな穴があいた。
「さすがルルドの聖母の情報局、情報は正確ですね。故宮博物院の秘宝を守る厚さ10mの霊的防御を施された床も「虹火柱」にかかっては為す術もない。だが、そうまでして封印したもの、これだけでは済むとは思えませんね」
 そう呟くと如月はその穴に身を沈めた。その穴からたちこめた障気はすでに故宮博物院を覆い、息をする者はいない。あたりには静寂があるだけである。

 穴に入った如月の身体を生物とは異質のものが囲む。だが、襲いかかるきっかけを得ることができぬかのように躊躇しながら如月を見ている。
「じゃまだ。失せなさい」
 如月の言葉に反応したかのようにそれは消えていった。
 下等な闇の生物であった。本来は実体化することはないが、あたりの障気がそれを可能としていた。
「この先、簡単には進ましてもらえないようですね」如月は一人呟く。
 すでにその手には2つの玉が握られている。玉は互いに薄く輝き、如月を映す。玉に写った如月はにやりと笑うと実体化した。その姿は双子の兄弟が向いあっているかのようである。
「ドッペルゲンガーを作り出すとはさすが」
 如月は、いや、既に如月にすらどちらが本体かは理解できかねた。互いの意識を共有していたからである。それゆえにどちらがどの分担をするのか命令することもなく2人の如月のうち一方が奥へと進みだす。距離をおいてもう一人の如月がついていった。

 既に地下20階に辿りついていた。無論、このような地下は故宮博物院の公式資料には記載されていない。
 その行程が尋常のものではないことは前を歩く如月の姿がボロボロであることから察しがつく。一方、後ろを歩く如月の姿は疲れを微塵も感じさせていない。そう、一方の如月がすべての罠を打ち破り、その後を無人の野を歩くがごとく他方の如月が歩いてきたのである。だが、地下20階にある回廊にさしかかった時に後ろを歩く如月の額に汗が浮かんでいた。意識を共有しているにもかかわらずドッペルゲンガーと意識レベルでの違いが生じているからである。前を歩くドッペルゲンガーの身体はボロボロだが大きな変化は見当たらぬ。だが意識レベルの違和感が如月に焦燥感を与える。
 しばらく、目を閉じていた如月はある結論に達した。
「さすが中国。歴史を感じる。時間の壁とは驚きました」
 この回廊に入ったものは自ら気付かぬうちに同じ時間を幾度となく繰り返し永遠に前に進むことができぬ。しかも本人は時の牢獄に囚われていることに気付かず永遠に歩き続ける。恐るべき罠である。もし、如月が一人でこの回廊に入っていたならばこの罠の存在に気付かず時の虜囚となっていたであろう。だが、ここには意識レベルで同化している2人の如月がいる。偶然ではあるがこの罠に気付いたのである。
 だが、罠に気付いたとはいえ依然として如月が罠に捕われていることに変わりはない。

「さて、どうしたものですかね」
 そう呟いた時、如月の脳裏には宿敵である吹抜の顔が浮かぶ。
やつならば、どうやってこの苦境を越えるのか。敵でありながら、このような状況で思い浮かぶとはつくづく不思議な男よ。如月は苦笑し、ふと思い出したように呟いた。
「そうだな、あれを使うのがいいでしょう」
 そういうと如月は懐から一本の旛を出す。ルルドの聖母の中枢にいる12大仙より授かったものである。12大仙は古来の秘法に通じており奇跡を作りだす。
 その12大仙が作り出した旛が作り出す時乱陣は本来、陣の中央を除いて時間を加速させることで、敵が陣の中に入ると急速に老化を進め死に至らせるものである。
 ここで如月が使ったのは、閉じられた時間を加速させることで正常に戻すためである。

「私もまだまだ甘いですね。この程度の罠に捕まるとは」
 そう呟くと破られた時間の壁を越え回廊を進む。回廊の奥には秘宝を納めている扉が如月を待っていた。

 だが、扉の中で待っていたのは秘宝だけではなかった。緑のらくだにまたがる男がいた。
「良くここまで来れたな。この建物ができて以来、ここまでたどり着いたのはお主がはじめてよ。さぁ、かかってくるがよい。お主が求めているものはわしを倒さねば得られぬよ」
 男はそういうとまたがっているらくだの首をなでる。らくだは口をかっとあけると青い液体を如月に向けて吐き出す。如月は避ける間もなく、その液体を浴びる。如月の身体から黒い焔が吹き出す。すでに身体の半分が溶け下半身がない。如月は苦痛に顔をしかめているが懐から10本の紐を取り出しらくだに向けて投げ出す。紐は10匹の蛇に変わっている。10匹の蛇はらくだとそれにまたがる男を襲うが男を襲うと思われた蛇は向きを変え、らくだを襲う。10匹の蛇はらくだの体内にもぐりこむ。らくだは激痛のため暴れ、
男をふり落とす。
「なんとかわいそうなことをする。こいつは私と共にここに長年住んでいたのに」
 男はらくだから振り落とされたにもかかわらず神業のごとくひらりと身をひねりまるで羽毛が地面に落ちるがごとく音もたてず地面に立っていた。
 らくだは既に絶命したらしくぴくりとも動かなくなっていた。一方如月の身体はすでに首より下は溶けており首だけが床に転がっていた。
「あなたは何者ですか」
 首だけとなった如月が尋ねる。だがその答えを聞く前に首は黒い焔に包まれたたまま完全に消滅した。
「さぁ、準備運動は終わった。そろそろ本気でやろうか」
 男は扉の向こうに話しかける。扉が開き、そこには如月がいた。
「この秘術にこのような欠点があったと気付きませんでした。まさか、生きながら死を体感するとは」
 如月の顔は青ざめていた。ドッペルゲンガーと意識レベルでの融合をしていた如月は、まさしく死の直前までを経験したのである。いかに常人をはるかに越えている如月にとっても精神的ダメージは皆無ではなかった。
 手の中には砕けた玉をみつめ如月は呟く。
「我がドッペルゲンガーをいとも簡単に倒すとは恐るべき男ですね」
 ドッペルゲンガーは基本的には如月と同等の力を持つ。いかに、これまでの罠を打ち破るために疲弊していたとはいえ、いとも簡単に倒すとは。男の底のみえぬ恐ろしさは如月の闘争本能を刺激した。
「疾!」
 如月は気合をかけると背中から剣を出す。刀身に竜の刻印がなされ、表面に青白い光がまとっている。
「それは、まさか」
 男の視線は如月の剣に注がれる。
「いかにも、かつて夏王朝であまりの威力に封印された鍠瞑剣だ。といいたいところですが、ルルドの聖母が作ったレプリカです。だが、威力は限りなく本物に近い」
「ほう、これは驚いた。だが、鍠瞑剣の本当の力を引き出すにはそれなりの資格がいるぞ。果たしてお主にその資格があるかな」
 男はそういうとどこからともなく鉾を取り出した。男の動きはまさしく疾風であった。如月の顔のあった場所を鉾がかすめる。髪の毛が数本ほど舞う。鉾の動きをみきった如月の動きだが、同時に無数の真空の刃が如月を襲う。鉾に装飾された紋様が産み出す真空の刃である。如月は目を閉じ、襲いかかる真空の刃を避ける。だが、完全には避けきれず、美しい如月の頬に一筋の血が流れる。如月はそのようなことを気にとめるでもなく鍠瞑剣を横に振る。衝撃波が真空の刃をかき消した。
 如月は続けて男の身体を袈裟掛けに断ち切ろうとしたが、男は流れるような動きで如月の攻撃をかわし、再び鉾で如月を襲う。如月はその鉾を鍠瞑剣で受ける。互いの力が空間に歪みを生じさせる。空間の急激な復元力に2人は吹き飛ばされ壁に激突する。
「鍠瞑剣と互角の力を持つ鉾。ただの鉾ではないですね」
 如月は男に尋ねる。
「ここをどこだと思っている。中国の至宝を集めた故宮博物院だぞ。この程度のものいくらでもあるわ。まぁ、たいがいのものは装飾のみに目がいき、その秘めたる力に気付くものはおらぬがな。名はないが長年に渡って人の血を吸い魔力を持つようになった鉾だ。鍠瞑剣といえども簡単には砕けん」
 数回の攻防がなされた。それは優雅な殺陣を見ているかのようであった。あるときはゆっくりとまたあるときは人の動きを越えたスピードで2人は交えた。
「ふっ、私としたことがつい互角の腕を持つものと会えた喜びで楽しんでしまった。だが、遊びはここまでです」
 如月はそういうと懐から拳銃を取り出した。
「何を血迷った。そのようなもので倒せると思うか」
「思いますね」
 如月はそういうと引金をひいた。それよりも早く男は射線軸上から身をかわす。だが、銃口からでてきたものは弾丸ではなかった。辺り一体が大きく崩れる。
「さすがルルドの聖母の科学研究所が作っただけはありますね。欠点は一度撃つと銃身までも破壊されることですかね」
 如月が手にしていたいたものは超小型の果粒子砲であった。各国の軍関係の研究所で試算したところ、全長200Kmの加速器を用いて実現できるかどうかというものである。
 こともあろうに如月の手にしていた銃は全長20cmである。ルルドの聖母の科学力ははるかに進んでいるといえよう。その威力は幾分押さえているというものの拡散されたエネルギーは男と共に建物自体を破壊した。
「さて、ここまでの威力とは思いませんでしたが、「風水四神羅盤」は無事でしょうか。まぁ、この程度で消滅するならば吹抜さんのラピスに対抗するのは無理ですがね」
 そういうと如月は「風水四神羅盤」が納められている場所へと向かっていった。

(ACT-5未完)

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