みちのく大学訪問記

忘月忘日 私と錦係長の乗った JAS 215 便はまだ雪が残っている八甲田山系を左に見ながら青森空港に着陸した。青森県立保健大学の方が「公立大学協会会長荻上紘一様」と書いた紙を持って出迎えて下さり恐縮の極みである。早速迎えの車に乗って大学へ向かった。案内して下さったのは健康科学研究研修センター長の嵯峨井教授である。田植えが終わったばかりの緑豊かな田園地帯を通って30分ほどで大学に着いた。早速学長室に通され、新道幸恵学長にお会いし、木村知事やこの大学を設計した黒川紀章氏を紹介された。学長室は壁が全て木で作られている。黒川氏は「自分たちが子供の頃の学校は木で出来ていました。あれを思い出して木をふんだんに使ってみました。青森産の檜葉です」と説明して下さった。学長に学内を案内して頂いて余りにゆったりと出来ているのに驚いた。
 胸に大きな花を付けられて開学記念式典の会場になっているホールに行き、緞帳の後ろの雛壇に座らされた。間もなく緞帳があがり式典が始まった。知事の式辞、事務局長の設置経過報告に続いて、どうみても有馬文部大臣が書いたとは思えない祝辞を高等教育局医学教育課長が代読した。県議会議長に続いて私が公立大学協会会長として祝辞を述べ、次に都立保健科学大学の川村看護学科長が看護系大学協議会長として祝辞を述べた。更に、感謝状贈呈、記念モニュメント表彰、学長謝辞と続き、最後に校歌が紹介されて式典が終了した。
 引き続き記念講演と祝賀会があるが、青森発16時44分の「日本海2号」に乗って秋田へ行かなければならないので失礼することにして、先程と同様に嵯峨井教授に青森駅まで送って頂いた。ホームには「CASSIOPEIA」と書かれた見慣れない列車が停まっている。駅員に聞いたら7月16日に上野・札幌間にデビューする2階建てオール個室寝台特急だという。間もなく入線してきた「日本海2号」は大阪行きの寝台列車でいわゆる“青虫”であるが、秋田までは1輌だけ座席車として使うことになっている。定刻に発車してゆったりとした速度で津軽平野を走って行く。最近はこういう速度で走る列車に乗ることがなくなったので懐かしい。昼は羽田で蕎麦を食べたがそろそろ空腹を感じ始めたので、乗る前に錦係長が買った「帆立弁当」を食べることにした。弘前でほぼ満席になり、八郎潟の辺りで夕暮れになり、19時34分定刻に秋田に着いた。秋田は曽遊の地であるが新しくなった駅には馴染みがない。駅には錦係長の老朋友である浅浦女史とその郎党の船紙氏が出迎えてくれた。車で秋田温泉「さとみ」に案内された。改築されたばかりの真新しい建物で、通されたのは12畳の立派な部屋だった。直ぐに食事をすることにして、別な10畳間に行った。先程「帆立弁当」を食べたのでそれ程空腹ではなかったが、素晴らしい御馳走が並べられたので一通りは箸を付けた。流石食い道楽の秋田だけあってどれも美味しかった。
 翌朝目が覚めてみると雨が降っていたが、朝食を食べているうちにあがって、出かける頃には晴れ間がのぞいていた。秋田市の北の外れにある秋田県立大学の秋田キャンパスへ向かった。このキャンパスには生物資源科学部がある。学長室へ通されて寺田知事や板東副知事達と歓談しているうちに時間になり、開学記念式典の会場になっているホールへ案内された。昨日と同様に大きな花を付けて雛壇に座り祝辞を述べた。祝賀会までの間キャンパス見学の時間があったので学内を一回りしてみたが、驚いたことには入学定員110名の秋田キャンパスの敷地が47ヘクタールである。建物は十分に広く施設・設備は実に充実しているし、体育施設は体育大学も顔負けといっていい位立派である。都立大から赴任した田中平八助教授の研究室にも寄ってみたが30平米の部屋は流石にゆったりしている。何とも羨ましい限りである。祝賀会は体育館で行われた。知事、市長、国会議員等と一緒に壇上に3個並んだ大きな樽の鏡割りに加わった。
 盛大な祝賀会の後、システム科学技術学部がある本庄キャンパスへ移動してもう一度祝賀会を行った。こちらは秋田キャンパス程ではないが20ヘクタールで入学定員240名にしては十分な広さである。地元の熱意がキャンパスを2箇所にしたと聞いていたが、確かにすごい熱気である。ここでも鏡割りをしたが、こちらには樽が5個用意されていた。地元の「石脇神楽」が披露されたりして大変な盛り上がりだった。
 今回の仕事はこれで終わりであるが、錦係長の勧めでもう一日秋田見物をすることにした。途中で浅浦女史を拾って猿倉温泉の「鳥海荘」へ向かった。鳥海山の近くであるが残念ながら雲に覆われて全く見ることが出来ない。「鳥海荘」は休養宿泊施設で昨日の宿と比べると雲泥万里の違いである。部屋も6畳間でテレビがあるだけだし、廊下は見事な鴬張りになっている。
 目が覚めてみると鳥海山が直ぐそこに見えるではないか。まだ大部分が雪に覆われている。朝食を済ませて出発し、鳥海山に登った。車で行けるところまで登ったが、まだスキーが出来る位雪が残っていた。
 折角ここまで来たからには象潟に寄ってみたい。予定にはなかったようだが回り道をしてもらうことにした。200年前までは海だったという蚶満寺の周辺は“昔の松島”が無数に点在している。この寺は「奥の細道」では干満珠寺となっていて、現在の名前は後の変形らしい。境内には宝暦13年に建てられた風格のある句碑があり
   象潟の雨や西施がねぶの花
と書かれている。これが初案だったという。西行の
   象潟の桜は波にうづもれて花の上漕ぐ海士の釣舟
に因んで西行桜の跡があるのが可笑しい。猿丸太夫姿見の井戸というのもある。親鸞上人腰掛けの石に座ってみた。境内には芭蕉の像も建っている。
 この辺りから見る鳥海山は随分違った形である。日本海沿いに少し北上して由利丘陵に登り、牧場でアイスクリーム、チーズケーキ、ヨーグルトを食べた。秋田市内で食べた“ババベラ”というアイスクリームとは大違いである。“ババベラ”はオバサンがヘラを使って盛ることから名付けられた秋田県の“名物”だそうである。
 国道107号線を東へ走って横手、十文字を通り、栗駒山へ向かった。青森から秋田にかけては今が藤の花盛りである。この辺りでは藤棚は見当たらず、野生の藤が大木を占領して咲き乱れている。海抜1200mを超えたところに栗駒山荘があり、浅浦女史が予約しておいてくれたので直ぐに食事が用意された。美味しい牛肉のステーキ、岩魚の塩焼き、小指程の太さのワラビを初め数々の山菜、稲庭うどん等素晴らしい御馳走だった。
 象潟を回ったために少し時間が怪しくなってきたが、折角だから大急ぎで白濁した露天風呂に入った。稲庭うどんの産地を通って湯沢から高速道路に入り秋田空港へ向かった。

ホームページに戻る