2008.07.05

誤字等No.168

【ドコサヘキサ塩酸】(誤変科)

Google検索結果 2008/07/05 ドコサヘキサ塩酸:2,910件

魚に多く含まれ、摂取すると「頭が良くなる」と言われる物質、「DHA」。
「あるある」に代表される疑似科学バラエティで何度もとりあげられ、もてはやされました。
記憶力を高め、視力を回復し、発ガンを阻止し、動脈硬化を防ぎ、認知症予防にも効果があり……
まるで、「万能薬」のような扱いです。
でも、本当にそうでしょうか?

実際、「DHA」を含む「サプリメント」「健康食品」の類もたくさん発売されています。
効能を解説した本も、たくさん発行されています。

しかしよく見ると、これらの解説には「血液さらさら」というキーワードが含まれていることが多いです。
残念ながら、その「さらさら」には「科学的根拠」も「医学的根拠」もありません。
TVでよく見る「血球が流れる映像」も、簡単に細工ができる「インチキ」です。
これは「健康食品詐欺師」の必携キーワードと言っても過言ではありません。
この言葉を見つけたら、その説明すべてを疑ってかかる方が賢明です。

さて、この「DHA」の「正式名称」は何でしょうか。
……という問題も、各種クイズ番組で何度も登場したことでしょうね。

正解は、「ドコサヘキサエン酸 (Docosahexaenoic acid)」といいます。
なんともユーモラスな響きですよね。
この名称もまた、「DHA」がメジャーになった一因と言えそうです。

この類の物質の名称は、化学的な組成を示すようにつけられることがあります。
ドコサヘキサエン酸」も、然り。
名を読み解けば、その構造がわかるようになっています。

まず、「DHA」は「不飽和脂肪酸」と呼ばれる物質の一種です。
その端にはカルボン酸構造 (R-COOH)があり、それが末尾の「」にあらわれています。
オリーブ油に含まれる「オレイン酸」、ベニバナ油に多い「リノール酸」なども「不飽和脂肪酸」の仲間です。

先頭にある「ドコサ (docosa)」は、「22」を意味する接頭語です。
これによって、22個の炭素原子が鎖のようにつながった構造を示します。

次の「ヘキサ (hexa)」は、「6」です。
近頃よく耳にする「ヘキサゴン (hexagon)」は、「六角形」を意味する言葉です。
(現代日本では、どうも違った意味で使われているようですが…)
「hexa」と「enoic」を組み合わせた「ヘキサエン」の形で、炭素の二重結合が6ヶ所あることを示しています。

すなわち、「ドコサヘキサエン酸」とは。
22個の炭素がつながり、途中6ヶ所に二重結合のある、不飽和脂肪酸ということです。

……と、解説してみましたが、大抵の人にとっては「何がなにやら」ですよね。
義務教育、あるいは高校教育レベルまでの化学知識しかない人たちには、馴染みのない世界ですから。
正直、私もそうです。
自分で書いておきながら、それにどのような意味があるのか、よくわかっていません。

一般人にとっては、「ドコサヘキサエン酸」が言えるだけで、もう十分です。
ましてや、「ドコサ」+「ヘキサエン」+「」と分割して解釈するなんて、びっくりです。
どちらかといえば、「ドコサ」+「ヘキサ」+「エン酸」と区切りたくなりませんか?

そして、「化学」で「エン酸」といったら、鉄をも溶かす「塩酸」のことだと思い込むのも無理はありません。
結果、「ドコサヘキサ塩酸」なる表記が登場することになるのです。

ずいぶんと前置きが長くなってしまいましたが、ここから本題。
DHA」を「ドコサヘキサ塩酸」と表記するのは、化学的知識が貧弱な「素人」であることの、この上ない証明です。

「専門家」なら、少なくとも「公開」する文章の上では、決してこんな間違いはしません。
エン酸」と聞いたら「塩酸」のことだと思ってしまう、「一般人」にしかできない間違いなのです。
(それでも間違えるドジな専門家も、いないとは断言できませんが…)

健康食品の成分表に、「ドコサヘキサ塩酸」と書いてあったなら。
科学的に記載されているように見える文章の中に、「ドコサヘキサ塩酸」を見つけたなら。

警告。専門家のふりをした、素人が紛れ込んでいます。
薬どころか、毒を飲まされるかもしれませんよ。
もし本当にそれが「塩酸」だったら、きっと大変なことになります。

このようなあやしい文章中に、先述の「血液さらさら」が含まれていたら、ほぼ「黒」と思っておいた方が安全です。
同様に、「DHAは人体で作ることができない」と書かれていた場合も、要注意です。
体内で合成できる物質を「できない」と書いている以上、その文章全体が「嘘」ということですから。

私は「DHA」の健康効果そのものは否定しません。
サプリメントを摂ること自体も、悪いことだとは思いません。

ただ、魚の油という安価な材料に「健康食品」の看板を取り付けるだけで、驚くほどの高額で売りさばくことができる。
こんな美味しい商売はないです。

「健康食品」に群がる悪徳業者にまんまと騙されるようなことにだけは、なりたくないものです。

ところで、よく「DHA」と一緒に登場する類似の物質に、「EPA」というものがあります。
これの正式名称は、「エイコサペンタエン酸」といいます。
エイコサ」は「20」、「ペンタ」は「5」です。
先ほどと同じように解釈すれば、その構造もわかります。
20個の炭素がつながり、途中5ヶ所に二重結合のある、不飽和脂肪酸ということですね。

となれば当然、「エイコサペンタ塩酸」という表記も見つけることができます。
これもまたレベルは同じ。
塩酸」なんて書いている時点で、「素人」であることを白状しているのです。
ただの「雑談」以上の価値は求めない方が得策でしょう。

さらに近年では「ドコサペンタエン酸 (DPA)」だの「ドコサテトラエン酸 (DTA)」だのといった類似品も登場。
世の健康ブームが続く限り、この手のネタは尽きることがないのでしょうね。

ついでに、亜種の解説をいくつか。

全部カタカナにしてしまった「ドコサヘキサエンサン」。
これも、「実はよくわかっていない」人が書いていることの証明になりそうですね。
脂肪酸の一種であることを知っていれば、語尾に「サン」なんて書くはずがありませんから。

なぜか末尾が平仮名になった「ドコサヘキサエンさん」。
まるで誰かに呼びかけているようですが……さすがにこれは意図的、ですかね。

何かを間違えてしまった「ドコサヘキサゴン酸」。
……TV番組の見すぎです。

[実例]

日本人とは、かくも「誤変換」に弱いのでしょうか。
このような「誤変換」が原因と思われる誤字等の品種を、「誤変科(ごへんか)」と命名しました。

[亜種]

ドコサヘキサエンサン:2,240件
ドコサヘキサエンさん:546件
トコサヘキサエン酸:8件
ドコヘキサエン酸:71件
ドコサヘキエン酸:117件
ドコサヘキサ酸:192件
ドコサヘキサゴン酸:25件
エイコサペンタ塩酸:353件
エイコサペンタエンサン:453件
エイコサペンタエンさん:36件
エイコサベンタエン酸:316件
エイコサペタエン酸:247件
エイコペンタエン酸:273件
エイコサペンタ酸:76件

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