2005.08.07

誤字等No.140

【幣社】(似字科)

Google検索結果 2005/08/07 幣社:6,060件

今回は、「金ちゃん」さんからの投稿を元ネタにしています。

幣社」という誤字の検索結果の件数は、私の予想を少し超えていました。
「会社」という組織は、私が考えている以上に「おざなり」な存在のようです。

これは、一般の人が「私文」に書くことなどほとんどない言葉です。
「ビジネス用語」とも言えるほど、極めて真面目な場面で使われます。
当然ながら、列挙される文章も「利用規約」「プライバシーポリシー」など、お堅いものばかり。

しかし、その意味を考えれば「幣社」は「とんでもない」誤字です。
その誤字が、これほどの規模で、平然と放置されている現状。
世の中で、これらの「公的な文章」がいかに軽視されているかがよくわかる実例ですね。

本来は、「弊社」と書くのが正解。
弊社」とは、自分の会社をへりくだって表現する言葉です。
同様に、「弊宅」は自分の家を、「弊店」は自分の店を謙遜した言い方です。

」という漢字にはいくつかの意味がありますが、そのすべては「マイナス」のイメージを持っています。
弊害」「悪弊」「旧弊」「語弊」などの使い方では、「」は「害がある」という意味です。
他に、「弱る」という意味の「疲弊」や「衰弊」、「破れる」という意味の「弊衣」などの熟語もあります。
いずれにしても、「悪い意味」の言葉になります。

そのあたりから、自社を卑下する「謙遜」の表現として、「弊社」が使われているのでしょう。
自分自身を指して「小生」と言ったり、自分の息子を「愚息」と言ったりするのと同じ理屈です。
自分に関わるものを一段低い位置に置くことで、相対的に相手を敬う手法ですね。

一方、今回の表題に使われている「」はどうでしょうか。
文字の形は「」とよく似ていますし、読みも同じ「へい」です。
しかし、その意味はまったく違います。

」とは、「神様に供える貢ぎ物」を意味する漢字です。
御祓いに用いる「幣束」や神社にある「幣殿」など、神事に関わる多くの熟語も形成しています。
私は神事には疎いので詳細は理解していませんが、「貢ぎ物」であるなら、それは「価値あるもの」のはずですね。
価値の無いゴミを捧げたりしたら、バチがあたってしまいます。

さらに、「価値あるもの」と関連して、「」は「価値そのもの」の尺度としても使われます。
貨幣」、すなわち「お金」です。
紙幣」は「紙製の貨幣」、「造幣局」は「貨幣を製造する組織」ですね。

これをふまえて、「幣社」の意味を考えて見ましょう。
」を扱う会社、と考えると、銀行や貸金業者なら「幣社」を名乗れるでしょうか。

「神に捧げられるほど価値のある会社」、あるいは「通貨として通用するほど価値のある会社」という解釈も可能です。
こうなると、なんとも尊大かつ傲慢な態度になってしまいました。
「謙遜」とは正反対に位置する、「自尊」の表現です。
これでは、自分を高みに置き、相対的に相手を見下ろす「侮蔑」の表現になってしまいます。
幣社」がどれだけ「とんでもない」誤字か、おわかりいただけたでしょうか。

検索結果に表示されるサイトを見ていると、ひとつのページで何度も繰り返し「幣社」が登場しています。
すなわち、それを書いている本人は、「幣社」が「正しい表記」であると信じ込んでしまっているわけです。

確かに、学校では習うことのない「難しい漢字」かもしれません。
しかし、「社会人」の常識としては、間違いなく「身に付けておくべき知識」と言えます。
学校の成績だけでは計れない「本当の実力」とは、このような場面であらわになるものです。

検索結果をよく観察すると、もうひとつ面白い特徴が見えてきます。
それは、多くのサイトに「利用規約」として載せられている文章です。
「損害が発生しても、幣社は一切の責任を負いません」などの文面が、一字一句、完全に同じ文面で、あちこちに使われています。

この現象は、何を意味しているのでしょうか。
簡単ですね。
「お手本」を丸写ししている証拠です。
不幸にも、その「お手本」が間違っていたために、そっくり真似をした数多の会社に誤字が感染してしまったというわけです。

これとよく似た事例は、「学校」でも見られます。
隣の席の解答用紙を盗み見てそのまま写したところ、「間違い」まで写してしまってカンニングがばれた、という笑い話。
聞いたことのある方は多いのではないでしょうか。

幣社」の氾濫は、まさにこの「カンニング」と同じことが、「会社」という組織でも横行していることを示しています。
いわば、「手抜き」仕事の弊害です。

楽をして成果を挙げることに慣れてしまった人間は、労苦に対する耐性を失います。
そのような状態を放置し続けた組織の末路は、きっと悲惨なものになることでしょう。

誤字が発生しているのは、「幣社」だけではありません。
雑誌社や新聞社が、自らの発行物を指して「幣誌」や「幣紙」と記載する事例も横行しています。
このような誤字に気付けない新聞社も、情けない限りです。

さて、似字科の誤字等には「双方向性」があります。
」が「」に間違われるなら、「」もまた「」に間違われているはず。
神事に関する「弊殿」や「奉弊」、お金にからむ「貨弊」「紙弊」「造弊局」、すべて実在を確認できました。

神様に「」を献上するなんて、たいした度胸ですね。
そして、「造弊局」とは一体何を造っている所なのでしょう。
世間に害悪を撒き散らす公害企業か、あるいは悪の道をひた走る犯罪者集団か。
間違っても、近寄りたくない組織です。

[実例]

日本人とは、かくも「似たような字形」に弱いのでしょうか。
このような「似たような字形」が原因と思われる誤字等の品種を、「似字科(じじか)」と命名しました。

[亜種]

幣宅:11件
幣店:169件
幣誌:128件
幣紙:115件
幣屋:4件
幣害:206件
疲幣:197件
弊束:73件
弊殿:395件
奉弊:267件
御弊:889件
貨弊:141件
紙弊:82件
造弊局:18件

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