2004.02.15

誤字等No.032

【忘備録】(替誤科)

Google検索結果 2004/02/15 忘備録:6,440件

忘備録(ぼうびろく)」とは、忘れたときのために備えて、書きとめておくメモのことです。
…と言われて「その通り」と思った方、ちょっと待ってください。本当ですか?
もしかして、「備忘録(びぼうろく)」と間違えていませんか?

辞書によっては見出しに「忘備録」を載せているものもありますので、「誤字」と言い切るのは少し厳しいです。
それでも、本当は「備忘録」であることを知らないと、要らぬ恥をかくことにもなりかねません。
ということで、ここではあえて「忘備録」を「替誤科」の誤字等に入れることにしました。

さて、「忘備録」の検索結果の中に、ひとつ面白いページがありました。
本当は「備忘録」であることを知っていながら、「忘備録」を使う「理由」をあげているのです。
具体的なURLは伏せますが、私はその論理に納得できませんでした。
そこで、「理由」に対して「反論」を試みることにします。
なお、これは純粋に私の「考え」を述べるだけのものであり、ページの作者さんの意見を否定したり、ケンカを売ったりするものではありませんので、念のため…

第一の理由とは、「備忘」では漢文のように「レ点」をふらないと意味がとれないから素直でない、だそうです。
なるほど。確かに意味は「忘れることに備える」ですので、語順が逆です。
では、「備忘」と同じように「動詞」と「目的語」からなる二字熟語は、他に何があるでしょう。
「読書」「登山」「投球」「入学」「乗車」「来店」…。
すべて、「レ点」が入りますね。
そう、この場合、「動詞」が先に来る方が普通なのです。
これは日本語と中国語の文法上の違いです。
その原則で考えると、「忘備」は「備えを忘れる」という意味になってしまいます。
そして、その解釈の妥当性は「忘年会」という言葉によって実証されます。
備忘」と「忘備」、素直でないのは、はたしてどちらでしょうか?

もうひとつの理由とは、「備忘」は「美貌」と聞き間違えるから、だそうです。
一理あります。「美貌録」の検索結果は、それなりの数になりました。
どうやら、誤字というよりも「狙って」やっているものがほとんどのようですが。
しかし、この論拠にも大きな落とし穴があります。
それは、「忘備」もまた、「防備」と聞き間違えることです。
防備録」の検索件数は、「美貌録」の何倍にもなりました。
しかもそのほとんどが、洒落ではなく、本気で間違えているとしか思えないページです。
替誤科と誤変科を複合した新しい誤字等として独立させたいくらいです。
さらに、似字科の特徴をも加えた「防備緑」という最強種までありました。
備忘」と「忘備」で、同音異義語による間違いの危険が大きいのはどちらか、考えるまでもないですね。

ところで、「防備録」では「忘れる」という漢字が入っていないため、冷静に考えると意味が通りません。
そこで迷った人がいるのでしょうか。「防忘録(ぼうぼうろく?)」という発展型まで誕生してしまいました。
声に出して読みさえしなければ正しい言葉のように見えてしまう、なんとも不思議な誤字です。

以上で、私としては「忘備録」を使う理由が、なくなってしまいました。
不服があれば、どうぞ再反論してみてください。

一般的に「備忘録」は個人的なものですから、「忘備録」を使っているページも、その大半は個人的な「日記」の類だったりします。
日記に対して誤字の指摘をするというのは「野暮」というか「余計なお世話」という気もしますが、もう少し考察を続けます。

調べているうちに、「備忘録」と表記しているにもかかわらず、それを「ぼうびろく」と読んでいる人がいるらしいことが分かってきました。
確かに、「ぼうびろく」と「びぼうろく」では、「ば」行の続く「びぼうろく」の方が読みづらいです。
個人的な場面で使うわりには漢語的で堅い印象のある言葉ですから、正確な表記や正確な読みに自信を持てず、どちらかと言えば耳に馴染みやすい「ぼうびろく」の方を選択してしまう心理も理解できます。
そして、「ぼうびろく」という「発音」で言葉を記憶した人が、いざそれを文字にしようとしたときに編み出した表記が「忘備録」なのかもしれません。
そのまま、「忘れることに備える」という解釈に納得してしまえば、その人にとって「忘備録」は「正しい言葉」として定着します。
そして、いずれ「ぼうびろく」で「忘備録」と変換されないことを疑問に思うことになるわけですね。

漢字の意味まで深く考えない人は、「ぼうび」「ろく」と言葉を切り、「防備録」と変換された時点で満足してしまうことでしょう。
こうして、「防備録」もまた一大勢力を誇ることになるわけです。

忘備録」を載せている辞書もあるということは、一般的に「許容範囲」として認められる範囲と考えられます。
でも、わざわざ「単語登録」までして使い続けるほどの言葉ではない、と私は思います。
特にこだわりがないのであれば、素直に「備忘録」にしておいた方が、何かと楽なのではないでしょうか。

[実例]

日本人とは、かくも「入れ替え」に弱いのでしょうか。
このような「入れ替え」が原因と思われる誤字等の品種を、「替誤科(かえごか)」と命名しました。

[亜種]

美貌録:206件
防備録:1,230件
防忘録:154件
微忘録:5件
忘微録:2件
備忘緑:6件
忘備緑:9件
防備緑:2件

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