2006.01.07

誤字等No.148

【帰省本能】(取違科)

Google検索結果 2006/01/07 帰省本能:461件

今回は、「ぷよる」さんからの投稿を元ネタにしています。

年末の帰省ラッシュ、そして年始のUターンラッシュ。
既に、日本の「風物詩」とも言える光景ですね。
「参加」された方々、おつかれさまです。
帰省しない私には実感がないのですが、本当に大変そうです。

スシ詰めの新幹線、長蛇渋滞の高速道路。
そんな思いまでして人々が帰省するのは何故か。
それは、人間に「帰省本能」があるから。

…とでも解釈したくなる誤字が、今回の表題「帰省本能」です。
無論、本当に「帰省」について語っているなら誤字ではありません。
「造語」、「言葉遊び」の領分と言えます。
しかし、犬や猫、鳩などが主語になっているなら話は別。
明らかに、「帰巣本能」の間違いです。

前後不覚なまでに酔いつぶれても家に帰れる人を「帰省本能がある」という用例も目立ちます。
あの…酔っ払うたびに郷里に帰ってしまうのでしょうか?
それで日常生活、成り立ちます?

帰省 (きせい)」と「帰巣 (きそう)」、確かに発音は似ています。
五十音順でひとつ違うだけですね。
「実家に帰る」「住処に帰る」と、意味も近いです。

帰省」の方は、その様子が毎年の夏と冬に繰り返し報道されます。
帰省」という言葉を耳にする機会も、その文字を目にする機会も多々あります。

一方の「帰巣」は、「帰巣本能」という形以外ではあまり使われません。
帰巣本能」の形になっても、難解ではありませんが、一般人の会話に頻出などしません。
「馴染み深い」とは言えない言葉です。

あまり使わない言葉は、記憶も曖昧になりがちです。
帰巣本能」という言葉を知っていても、その知識が曖昧なままの人は多いのでしょう。

そんな状態の記憶に、よく似た言葉が干渉すると。
いつの間にか、言葉の「パーツ」が置き換わる現象が発生します。

このようにして、「帰巣本能」の知識に「帰省」が干渉した結果。
それが、「帰省本能」の由来と考えられます。

さて、「帰巣本能」から生まれた誤字として、もうひとつ一緒に投稿されたものがあります。
その誤字とは「帰趨本能」です。

実際に検索してみると、確実に「帰巣本能」と取り違えている文面がたくさん見つかります。

帰趨 (きすう)」とは、ものごとの落ち着くところ。
その意味も、そして漢字そのものも、「帰省」と比べてはっきり「難しい」言葉です。
こんな難しい言葉が、曖昧な記憶に干渉して置き換わるなど考えられません。

この間違いが生まれる原因は、漢字の「読み」にあります。
帰巣」の「」は、単体では「」と読む漢字です。
」を「」と読むことは、小学生でも知っているでしょう。
しかし、この漢字を「そう」とも読めるようになるには、ある程度の知識が必要です。
このあたりの事情を揶揄して、「巣窟 (そうくつ)」を「すくつ」と読む遊びも、掲示板で流行ったりしています。

だとすれば、同じように「帰巣」を「きそう」ではなく「きす」と読んでしまう人もいるのではないでしょうか。
きそうほんのう」という「音」が曖昧な状態で頭の中にあり、「帰巣本能」という文字を目にしたとき。
」を「」としか読めない人なら、読みの記憶が「きすうほんのう」と変化する可能性は十分あります。

きすうほんのう」として定着した記憶のまま、それを漢字に変換すると。
見事、「帰趨本能」の出来上がりです。
帰趨」などという難しい漢字に見覚えがなければ、「これが正しい漢字」だと思い込むこともあるでしょう。
帰趨本能」の実例には、間違っているという自覚のまったくない文面が目立ちます。
このあたりは、「言葉遊び」の側面も見える「帰省本能」との大きな違いです。

「読み間違い」から「誤変換」に発展する誤字。
「手書き」の文章では見ることのできない誤字と言えるでしょうね。

投稿では、「きそう」「きせい」「きすう」のどれが正解なのかわからない、という人の話が紹介されていました。
紛らわしいので覚えづらい、ということはあるでしょう。
しかし、もし本当に正解が「わからない」のだとしたら、かなり問題です。
漢字の意味さえ調べれば一発で判明するはずなのに、それが「できない」わけですから。

知識を得るための努力をしない人は、いつまでも「わからない」ままです。
知識を得るかどうかは、知識を「得ようとしている」かどうかによって決まります。

曖昧な知識のままで問題ない、と開き直るか。
自分の意志で「はっきりさせたい」と思うか。
たったそれだけの「考え方」の違いが、その人の蓄える知識の質と量に、甚大な影響を与えます。

「知る能力」を身に付けているか否かの違い。
それは、ある時点での知識の多寡よりも、はるかに重要な指標と言えるのではないでしょうか。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

帰趨本能:168件
帰省能力:28件

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