[created] 2005.12.25
[updated] 2006.01.15

誤字等No.147

【X'mas】(過不科)

Google検索結果 2005/12/25 X'mas:2,800,000件

今回は、「ペンネーム未定」さんからの投稿を元ネタにしています。

今日は12月25日、クリスマスです。
そのクリスマスに関わる「横綱級」の誤字等をご紹介しましょう。

クリスマスを英語表記した「X'mas」。
本当にあちこちでみかけますね。
しかし、実はこれは「誤字」なんです。

このことは、以前「談話室」でもとりあげました。
正しい表記は「Xmas」。
途中の「' (アポストロフィ)」は不要です。
アポストロフィを入れるのは、どうやら「日本人」特有の間違いらしいです。

近頃ではTV番組などでも話題となり、アポストロフィを入れることが「間違い」であるという認識も広まっています。
実際のところはどうなのか、「X'mas」と「Xmas」の検索結果を比較してみましょう。

X'mas:2,800,000件
Xmas:2,180,000件

結果は、誤字に軍配が上がりました。
まだまだ、「X'mas」は健在と見えます。
誤字であることを知らない人も、知っていても気にしない人も、相当な人数になりそうですね。

それにしても、両者ともすごい数です。
これはどちらも、「日本語のページ」だけを検索しています。
日本人がいかに「クリスマス」に入れ込んでいるかを物語る数字です。

クリスマス」のもうひとつの英語表記は「Christmas」です。
これは、「Christ (キリスト)」の「mas (ミサ)」を意味しています。
イエス・キリストの誕生を祝う祭りですね。
現代の日本では単なる「イベント」と化していますが、本来は宗教的なもの。
クリスマスを含む歳末を「祭り」として楽しむ習慣は、他の国でもあります。
しかし、日本ほど宗教から離れて「商業化」した国も珍しいのではないでしょうか。

さて、「Christ」は、「イエス・キリスト」の英語表記「Jesus Christ」そのものです。
では、それがなぜ「X」になるのでしょうか。
その理由は、「英語」だけでは説明できません。

キリスト」は、「救世主」を意味するギリシア語「クリストス」に由来する言葉です。
ヘブライ語の「メシア」に相当し、イエスを救世主と信じた弟子たちによって付けられた称号です。
そして、「クリストス」のギリシア語での表記は「ΧΡΙΣΤΟΣ」。
ここから、頭文字の「Χ」だけで「キリスト」を示すことができるわけです。
キリストの象徴が「十字架」であることも、この文字の形に大きく関係しています。

ちなみに、「ΧΡΙΣΤΟΣ」はすべてギリシアのアルファベットです。
「アルファ、ベータ、ガンマ…」と続く系列ですね。
無論、先頭の「Χ」も然り。
これは、英語の「エックス」ではありません。
ギリシアアルファベットの第22字、「カイ」です。
ですから、「クリスマス」の本当に正確な表記は、「Χmas」なのかもしれません。
もっとも、後半の「mas」を英語表記にするのなら、「Χ」を「X」に対応させるくらいは理解の範囲内でしょう。

では、なぜ日本人は「X'mas」と表記したがるのでしょうか。
一般的に「アポストロフィ」は、「省略記号」として使われます。
「I am」が「I'm」になったり、「is not」が「isn't」になったりする形ですね。

もし、「X」と「mas」の間に何かが「省略」されていると感じているのなら。
それなら、「X'mas」と表記したくなるのもわかります。

多くの日本人は「X」だけで「キリスト」を意味するといった背景に馴染んでいません。
そのため、「X」ひと文字を「クリス」と読むことに、どうしても抵抗があるのではないでしょうか。
クリスマス」という言葉を「Xmas」と書くと、「何かが欠けている」という印象になってしまいがちです。
実際に何が入るのかはわからないけれど、とりあえず「省略記号」だけでも入れておけばおさまりがつく。
そんな意識が、「アポストロフィ」につながっていると考えることができます。

もうひとつ考えられるのは、「デザイン」上の理由です。
クリスマスを利用して販売促進を狙う商売人たちにとって、「ロゴ」の見栄えは重要です。
Xmas」と表記するよりも「X'mas」の方がバランスが取れていると感じるなら、正誤など二の次。
なにしろ、有名な英会話教室のCMにすら「X'mas」が使われるほどですから。
本質を忘れ、外見だけを追い続ける日本人の気質を、みごとに表していると言えます。

第三の理由は、「広く使われていること」自体です。
この時期、TVでも、街中でも、頻繁に「X'mas」の表記を見ることができます。
これほど使われているのだから、「X'mas」で合っているはず。
そう思い込んでしまう人も、たくさんいることでしょう。
疑いも持たず、「クリスマス」イコール「X'mas」と学習する人が続出するわけです。
そうして学習した人たちが別の場所で「X'mas」と表記することにより、「誤字の再生産」スパイラルが発生します。
こうなるともはや、その勢いを止めることは至難の業です。

X'mas」は、日本人の間に完全に定着してしまっています。
今後も、その使用頻度が減ることはないでしょう。
日本人が、日本人向けに、「日本語」として表記しているのなら、もはや「間違い」と指摘しても詮無い状態です。
「和製英語」のひとつとして考えた方が良いかもしれません。
しかし、それが「英語」ではないことは、忘れないようにしたいものです。

ところで、日本人が「クリスマス」で盛り上がるのは、主に「イブ」のある12月24日です。
クリスマス当日であるはずの25日には、もはや人々の関心は「年末年始」に移ってしまいます。

この「イブ」に関しても、日本人の多くはかなり誤解をしています。
クリスマスの「前日」を「イブ」と呼ぶことから、「イブ」が「前日」という意味の言葉だと思ってしまうわけですね。

確かに、英単語「eve」には「前日」の意味があります。
「大晦日」を「New Year's Eve」と表記することは、正しい用法です。

しかし、「eve」の本来の意味は「evening」、すなわち「晩」です。
祝祭日を控えた日の晩から始まるイベント、すなわち「前夜祭」を「イブ」と呼んでいるのです。
12月24日は、「クリスマス・イブ」そのものというより、「クリスマス・イブのある日」と表現した方が正確です。
実際は、そこまで厳密な区別は必要ありませんが。

近頃の日本では、この「イブ」を重ねた「イブイブ」で「前々日」を示す用法が頻繁に使われています。
これが、日本人の「誤解」です。
イベント期間を延ばして儲けを企む商売人が編み出したとしか思えない言葉ですが、喜んで使っている人は少なくありません。
イブ」が「evening」に由来することを知っていれば、その用法がいかに「馬鹿げている」かがおわかりでしょう。

実際に検索してみると、その「定着度」には驚かされます。
この現象を茶化して、「イブイブイブ」「イブイブイブイブ…」といくつもつなげることにより、どんどん日付を遡らせて遊んでいる人たちもいます。

単に遊んでいるだけなら構いません。
しかし、格好つけて「イヴイヴ」などと表記しようものなら、ものすごく「滑稽」な姿になってしまいます。
イブイブ」を「英語」扱いなどしたら、もはや何の言い訳もできません。
ぜひご注意ください。

[実例]

日本人とは、かくも「文字の過不足」に弱いのでしょうか。
このような「文字の過不足」が原因と思われる誤字等の品種を、「過不科(かぶか)」と命名しました。

[亜種]

X'mass:1,460件
X'masu:418件
X'Mmas:8件
イブイブ:27,000件
イヴイヴ:86,600件
イブイブイブ:10,300件
eve eve:915件

※ 2006/01/15
当初は「eve」を「前日」の意味で使うこと自体を間違いとしていましたが、
辞書にも載っている用法であるというご指摘を頂きましたので、訂正しました。

※ 2006/01/15
台湾でもクリスマスを「X'mas」と表記している、という情報を頂きました。
アポストロフィを入れることが「日本人特有」の間違いとまでは言い切れないようですね。
もっとも、台湾ではクリスマスを祝う習慣自体が日本から来たので、表記もそのまま輸入したのではないか、ということのようです。

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