2007.03.31

誤字等No.164

【税金天国】(取違科)

Google検索結果 2007/03/31 税金天国:9,570件

とある「用語解説サイト」でみかけた文章です。

世界には、法人の所得に課される税金が極端に軽いか、皆無の国があります。
こういった国は、税金天国という意味でタックスヘイブンと呼ばれています。

税金を払わなくても良い国があるのなら、それは確かに「天国」ですね。
税金天国」とは、なかなか興味をひく言葉です。

しかし世の中、そう甘くはありません。
その国が「天国」だと思ったのは、ただの「勘違い」かもしれませんよ……

上記の引用中に登場する「タックスヘイブン」は、実在する言葉です。
世界に、そう呼ばれる国や地域が、確かにあります。
しかし、それを「税金天国」と呼ぶのは、少し考え直した方が良いです。

もし、「税金天国」なる言葉を使って、経済のあれこれを大真面目に解説したりしたら。
その解説が「専門的」で「詳細」で「堅苦しい」ものだったら。
「悲劇」の光景と呼ぶべきか、むしろ「喜劇」と見るべきか、迷ってしまいます。

さて、この「タックスヘイブン」とは、どのような意味を持つ言葉なのでしょうか。

由来は、英語です。
tax haven」と表記します。

タックス (tax)」は、「税金」のことですね。
そして「ヘイブン (haven)」は、「避難所」という意味を持っています。
もともとは、「船を停泊させるところ」、すなわち「港」を示す言葉だったようです。
そこから、「船舶が暴風雨の脅威から逃れるために身を寄せる港」すなわち「避難港」の意味が生じました。
今では、海上に限らず「災害を避けて逃げ込むための安息の地」へと意味が広がっています。

一般的に、「タックスヘイブン (tax haven)」の日本語訳は「租税回避地」とされます。
税金を払いたくない人や企業が逃げ込む場所、といった意味合いですね。

現実に「タックスヘイブン」と呼ばれる地域は、主に外国の企業に対して税制上の優遇措置を設けています。
税負担を逃れられる利点によって、海外の企業を誘致しているわけです。

その多くは、これといった産業を持たない、小さな島国です。
海外企業を誘致することで海上貿易の拠点となることを目論んだり、登記料収入をあてにしたりしているようです。
有名どころは、イギリス領のバミューダ諸島やケイマン諸島などですね。
節税を目的とした企業だけでなく、資金洗浄を目論む犯罪組織や金持ちの脱税などにも利用され、国際的な問題となっています。

では、なぜこの「租税回避地」が「税金天国」と勘違いされているのでしょうか。
理由は簡単です。
haven (避難所)」と「heaven (天国)」を取り違えているのです。

haven」という利用頻度の高くない英単語を、中学校レベルの単語である「heaven」と取り違える間違い。
それ自体は、「無理もない」といったところでしょうか。

ただし、日本語で「ヘイブン」と書いたら、話は別です。
heaven」をカタカナ読みする場合、多くは「ヘブン」となることでしょう。
これをわざわざ「ヘイブン」などと発音する人はめったにいません。

もともとの言葉を「タックス・ヘブン」だと思い込んで「税金天国」と訳しているのなら、わかります。
しかし、「ヘイブン」と表記しながら「天国」と言い切るのは、理解不能です。

不思議なことに、「税金天国」なる言葉を使う人の多くは、律儀に「ヘイブン」と表記しています。
heaven」の本当の発音は、「ヘブン」よりも「ヘイブン」の方が近いと思っているのでしょうか。
それとも、「ヘブン」も「ヘイブン」も同じじゃないか、どこが違うんだ? とでも思っているのでしょうか。
いずれにせよ、日本語と英語を関連付ける発想の薄い、どちらかといえば「言葉に関心のない」人なのでしょうね。

重要なのは、これがある種の「専門用語」であること。
その言葉を使っているのが「一般人」であるなら、この程度の間違いひとつに目くじら立てるのは狭量すぎます。
ところがその分野の「専門家」としての立場で言葉を発するのなら、そうはいきません。
はっきり言って、「専門家」を名乗るにはレベルが低すぎます。

たかが言葉ひとつであっても、「専門家」が使う「専門用語」は、その重みが違います。
低レベルな間違いに気づかずにいると、その人の持っている知識すべてに疑いの目が向きます。
それは、その人が「専門家」であること自体が否定されかねないほどのダメージです。
「専門用語」のつまらない間違いには、それくらい大きな攻撃力があるのです。

ちなみに、類似の言葉として「タックス・パラダイス」という表現があるようです。
税率の低減にとどまらず、まったくの無税となっている地域を指す言葉なのだとか。
この「タックス・パラダイス」の日本語訳であれば、「税金天国」でも良さそうですね。

無論、だからといって「ヘイブン」と「天国」を併記する恥ずかしい勘違いの言い訳にはなりませんが。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

タックスヘブン:10,600件
タックスヘヴン:168件
租税天国:4件
無税天国:16件

前 目次 次