Asmara Letters



Subject: アスマラ便り6
Date: Sat, 10 Oct 1998 14:19:01 +0300
From: 佐藤 寛
To:  宇田川学

「戦争と噂」

 エリトリア人に「何で戦闘が起きたんだ」と聞くと、空港から乗ったタクシーのドライバーもそうでしたが、ほとんどの人は「我々は30年以上も戦ってきて、戦争なんかしたくない。でもエチオピアがしかけてくるから、しかたない」と答えます。誰も、戦争なんて望んでいない、これは事実でしょう。でも、多分エチオピア側では「エリトリア人はこれまでずっとゲリラだったから、戦争することしか知らない」という事になっているのでしょう。
 戦争(正確には5月に国境付近で衝突があり、数回空爆の応酬があっただけで、その後は膠着状態ですから戦争と言うのは正確ではありませんが)の時には、民衆はいろいろなうわさ話を作り出し、流布するものです。そのうちのいくつかは国民の士気高揚のために意図的に創作されたり、人々の願望や相手に対する偏見が反映されて自然に生み出されたりするのでしょう。例えばイエメンが紅海のハニシュ島をめぐってエリトリアと衝突したときには「エリトリア軍の無線を傍受したらヘブライ語だった」という説がイエメン人の間では信じられており「アラブの敵イスラエルの陰謀」というおきまりのシナリオにイエメン人は「そらみたことか」と納得するわけです。

 エリトリア人は5月に実際に数度の空爆を経験しているにも関わらず、現在エチオピアの空爆をあまり怖れているようには思えません。それというのも「エチオピア軍は懲りている」と考えているからです。以下はエリトリア版の解釈と「噂」で、その全てが事実とは思えませんが、全く根拠のない話でもないでしょう。確かな「事実」は、これがアスマラの人々の間で広く共有されているということです。

 など、など。面白いですよね、この手の噂は。私がサナアでエチオピア人から聞いた「アスマラではモノがなくなって人々は飢えている」というのも同レベルのエチオピア側の「噂」です。いずれ時間がたてば、これらの内のいくつかは「デマ」だった、ということがわかるのでしょう。

 日本人には(そして多くの欧米人にとっても)エチオピア側で流布しているこうした情報(噂も含めて)へのアクセスは比較的容易です。アジスアベバには日本大使館もあるので、こうした情報の収集活動も行われているでしょう。しかしエリトリア側の言い分については、なかなかアクセスしにくいものです。エリトリアは全世界に15しか大使館を持っていない(もちろん日本にもありません)ので「情報戦」では明らかに不利な立場に置かれています。当初日本のエリトリア管轄大使館が、現在の敵対国エチオピアにあった、ということも「偏らない情報収集」と言う点ではやや問題があったかも知れません(歴史的経緯からは、仕方ないことでしたが)。
 エリトリアが今もって日本では「危険度5・退避勧告」のレベルにあると判断されているのも、こうした点が影響しているかも知れません。

 現在のエリトリアの状況ですが、5月に避難した欧米各国大使館の要員は既にアスマラに戻って(妻子は帯同していないことが多いようですが)通常業務を行っていますし、民間航空機も以前と同様な営業運行を(6月から)再開しています。現在アスマラに乗り入れているのはルフトハンザドイツ航空週3便、サウジ、エジプト各2便、ジブチの民間会社週5便があります。加えてジブチ航空は9月末からアスマラ=ドバイ直行便を就航させるということです。再開していないのは紛争当事国のエチオピア航空だけなのです。ドバイ線は以前はエチオピア航空が飛んでいたのですが、エチオピアが飛ばなくなったのでジブチ航空は「儲かる」と読んだのでしょう。
 これらの状況からは「戦闘の影響」は感じられません。既にお知らせしたように、基本的な物資の不足や値上げはほとんどありません。ガソリン代はリッターあたり2.8ナクファで、5月以前から変わっていないということです。それどころか、エリトリア人の話ではエチオピアがジブチ港経由で物資を輸入するようになった為に、アッサブ港を利用していた時に比べて港湾使用料・運搬料が余計にかかるようになり、アジスアベバでのガソリン価格は上昇している、というのです。これはアジスにいる人に確かめないといけませんが。外人用の車両借り上げ代金も96年以降変わっていないようです。観光客も減っているとはいえ、皆無ではありません。ただ、エリトリア観光の目玉の一つ「アクスム」(アクスム王国の首都でエチオピア領ティグレイ地区にあります)へのアクセスができないために、かなり魅力が減っているというのは事実のようですが。外人相手の不動産屋さんも、暇で困っているのかと思ったら「ドイツの道路設計のチームが来ているし、デンマーク大使館は2人増員したし、今とっても忙しい」のだそうです。

 では「戦争再発の危険」はないのでしょうか。国境問題は依然として解決していませんし、エチオピア側は「いつでも戦う用意がある」と公言していますから(エリトリア人によれば、エリトリアは戦争なんかしたくないのだけれど)、日本政府がこの警告を受けて、「危険」と判断するのは無理もないことかも知れません。ただし、エチオピア現政権には「外敵」をこしらえあげて、内政の引き締めに利用したいという思惑もちらほら見えますが。
 いずれにしても、エリトリアとエチオピアは互いの手の内がわかりすぎている程わかっているのも事実です。だからこそ、互いに膠着状態のまま動けないのでしょう。なにしろ、アジスアベバにはエリトリア人が何万人もいるのですし、エチオピア側にはエリトリアの戦略拠点についての情報は(かつて自分の領地だったのですから)つぶさにそろっているのです。そもそもエリトリア大統領とエチオピア首相は同族出身なのです。

 ただ、考えなければならないのはエチオピア側が狙っているのはエリトリアの国際社会における孤立と、国際世論をエチオピア側に引き入れることであるということです。従って「エリトリアは危険」という判断をエチオピア側の情報に基づいて行い、日本人の渡航を必要以上に規制することは間接的にエチオピアの外交戦略に加担することになる恐れがあります。もちろん、邦人保護の観点から危険性が存在することは周知するべきでしょう。しかし現状を見る限り「注意喚起」あるいは「観光旅行自粛」程度で十分ではないかという気がするのです。特に他の欧米諸国の動向ともかけ離れている現在の日本の「退避勧告」はやや奇異な感じがします。在留邦人がほとんどいないし、商用で訪れる人も極端に少ないのでそれでも日本側では問題ないのかも知れませんが、「退避勧告」は長期化すればエリトリア側から見れば「経済制裁」的な効果さえ持つ事には自覚的であるべきです。それを意図的にしているのならば別ですが、今回の国境紛争に関しては一方的にエリトリアだけが悪いとは考えられません。
 もちろん私は「エリトリアが正しい」と主張しているのではありません。しょせん国境紛争なんて、双方に都合のいい理屈は必ずあるものです。我々よそ者には、こうした水掛け論を止めることは出来ません。ただ少なくとも両方の言い分をできるだけ客観的に聞いてみる、という姿勢は必要でしょう。そして中立的な立場を維持して、可能であれば戦闘を回避できるような方向に両者を誘導することが、望ましいのではないでしょうか。ともに世界の最貧国である両国が、なけなしの資源を戦闘に費やせば、最も大きな被害を被るのは貧しい人々だということは明らかなのですから。


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Last updated 11.Oct.1998