++トレジャー・イン・スノー (1) ++







薄暗い森の中。うっそうとした木々に囲まれ、地面から突き出した木の根は、
かなりうっとうしい。
そんな森の中を、彼らは、肩にボストンバッグを下げて、全力疾走していた。
ただでさえ走りにくい所を、わざわざ全力疾走するのには訳があった。
彼らの走った後には、次から次へと矢が、トス、トスという音を立てて刺さって
いく。簡単にいえば、後ろから射られているわけだった。
彼らの内の一人が叫ぶ。
「何でこんな事になっちまったんだよ!?」
「あんたが、清丸君の誘いに乗ったりするからでしょ!!」
彼――八満のすぐ横を走っているシアンが言った。
「お前だって、行きたがってただろうが!」
「あんたが行ったら、ポン太も行くからよ!」
「そんな事ぁ、どうでもいいけどよ!ここはホントに日本なのかよ!?」
「わたしが知るわけないじゃない!!」
と、その時。
「あぶねえ!!」
八満が、シアンに飛びかかった。
「きゃあ!!?」
シアンは、八満に押し倒された。
その一瞬後、倒れる前にシアンのいた空間を、二本の矢が切り裂いていった。
八満が、押し倒さなかったら、確実にシアンに直撃していただろう。
八満は、転んだときに、シアンをかばったために、打った肩をさすりながら、
「いててて、大丈夫か?シ・・アン・・・」
「あ・・・」
八満の目の前には、シアンの顔があった。感覚は15センチといったところだろう。
二人は、そのまま少し赤面して、しばし見つめ合った。
が、矢が待ってくれる筈もない。
計五本の矢が、問答無用で八満達に襲いかかる。
「げっ!!?」
八満が気付いたときには、もう遅かった。矢は、八満の目の前まで来ている。
(当たる・・・!)
八満は、反射的にシアンをかばうようにして、バッグを掲げた。
この大きさなら、矢からシアンを守ることが出来る。しかし、自分には矢を防ぐ
物がない。
八満は、一瞬で覚悟を決めると、力強く目を閉じた。
しかし、矢は八満にも、バッグにも刺さらなかった。代わりに、
「おい、何をしているんだ!さっさと走れ!シアンさんも、お早く!」
Jrが刀を振り下ろした状態で言ってきた。やはりJrもバッグを下げている。
「おお!やるじゃんJr!」
「このくらい造作もない。それより早くシアンさんから離れろ!!」
「あ、わ、悪ぃ・・・シアン、立てるか?」
八満は、さっと、シアンから離れて言った。
「う、うん。一応、ありがと・・・」
シアンも立ち上がり、三人は再び走り出した。
そして、数十秒後、だいぶ前を走っていた千津に追いついた。
「おっ、相田、無事だったか?」
「うん、なんとかね・・・って、きゃあ!?」
千津は、八満に気を取られたせいで、木の根に躓いて転んだ。
「相田!大丈夫か!?」
「ど、どうかな・・・足、くじいたみたい・・・」
千津は、足首を痛そうに押さえている。
「ぐずぐずしてらんねーぞ。おいJr!相田のバッグを持て!
相田は俺がおぶっていく!」
「仕方ない、早くしろ!」
八満は、千津のバッグをJrに預け、千津をおぶった。
シアンが、言う。
「八満、来るわよ!」
「分かってるって!相田、落ちるなよ!」
千津は、少し赤面して。
「う、うん。ごめんね、八満」
「気にするなら、後で金をくれ。行くぞ」
八満達は、再び走り出した。



数分後、森の出口が見えてきた。
「よっしゃあ!」
「やった!」
「よし!」
「やっと終わったのね」
八満、千津、Jr、シアンの順で言った。
森を抜けると、そこには、
「な、何だこりゃ・・・?」
そこは一面、銀世界だった。森の中にいたせいで気付かなかったが、もうかなり暗く
なっている。いやそんな事よりも、全員の目は、50メートル程先にそびえ立つ、
銀色の山に釘付けになっていた。
Jrが、右方向にあった看板を見つけて、読み上げる。
「なになに・・・『右、森』、『左、山』・・・」
そこには、これ以上ないくらい簡潔な説明があった。
「嘘だろ、おい。まさか、あれを登れってのかよ・・・」
八満は、絶望して呟き、叫んだ。
「なんで、こうなるんだー!!」
八満の声が、虚しく響いて、山彦が帰ってくる。が、誰もが――シアンのジャケット
のポケットの中で寝ているポン太ですら、その答えを知っていた。



それは、冬休み前の、ある昼休みでの清丸の言葉が原因だった。
「年が明けたら、家の別荘に来ない?この時季はスキーが出来るよ」
八満は、それに素早く反応した。
「危なくないなら、行ってもいいが?」
「どうして僕の別荘が危ないんだい?」
「お前の別荘だから、危ないんだろうが」
「別に、家の別荘は危なくないよ」
「危険な目にあったら、慰謝料ふんだくるからな」
「いいとも」
「よし、じゃあ俺は行く。ポン太はどうする?」
八満は、慰謝料の額を考えながら言った。
「みう!」
ポン太も、行くと言った。
横で話を聞いていたシアンが、
「ポン太が行くなら、わたしも行く」
Jrが話を聞いてやって来た。
「シアンさんが行くなら、僕も行かせてもらおう」
千津もやって来た。
「(八満が行くなら)わ、わたしも行く!」
三太や岡本、他の男女も来る。
「俺らも、俺らも!」
「私たちもいいでしょ?」
が、清丸は腕をクロスさせ、
「はい、もうお終い。定員は4人と一匹って決まってるんだ。だから、
最初の4人とポン太くんだけだよ。あとの人は残念でした」
集まるクラスメート達を前に、清丸はさらりと言いのけた。
「何だよそれ!?」
「ええー、キッド様とスキー出来ると思ったのにー・・・」
あちこちからブーイングが飛ぶ。が、しつこく清丸に刃向かう者はいなかった。
清丸は、最初の4人に携行品と地図の書いてある紙を渡した。
「別荘までは、各自で来てね」
清丸は、そう言ってその場を後にした。
シアンが、言った。
「八満、スキーって何?」
「うーん、雪の上を板履いて滑るんだよ」
「雪って?」
「まあ、白くて冷たくて触ったら溶ける綿みたいなもんだ」
「ふーん、白くて冷たい綿・・・」
シアンは、見たことのない雪を嬉しそうに想像していた。
そんなシアンを見て、八満もなんだか楽しくなってきていた。
そんな具合だった。



「これが雪なの?八満?」
シアンは、ポン太と一緒に、雪を触りながら言った。
「ああ。なあ相田、地図出してくれねえか?」
「うん」
千津は、ウエストポーチから、地図を取り出した。
「はい、八満」
八満は、千津をおぶっている状態なので、千津が広げて見せてくれた。
「・・・なあ、地図にあんな山あるか?」
「・・・そういえば・・・」
その清丸から貰った地図には、前方の山がなかった。
Jrが言う、
「あいつの、ミスじゃないのか?」
「バカJr、よく考えて見ろ。あんな山、どうやったら書き忘れんだよ?」
「それもそうね、じゃあ何で?」
千津が言った。
「あいつが、わざと書かなかったんだろうな」
「何で、そんな事をする必要があるんだ?」
「俺が知るかよ・・・って、なんか聞こえねえか?」
ドドドドドド
「あ、ホントだ」
ドドドドドド
「何なの、この音?」
ドドドドドド
「どんどん、大きくなってるような・・・」
ドドドドドド
「あ、あれって・・・」
「な、雪崩だ!!逃げろー!!!」
八満が叫ぶと、4人一匹は再び走り始めた。


一方その頃、清丸はというと、四つあるモニターの一番右端を見ていた。
そして、彼の手元には複数のボタンがあり、それぞれに、「矢」とか
「雪崩」とか説明が書いてある。
清丸が見ているモニターには、必死になって走っている八満達の姿があった。
清丸はコーヒー(ブラック)を一口飲んで、
「さーて、これで運良く八満とJrくんを消せれば・・・」
清丸の呟きを聞いた者は、誰一人としていなかった。



雪崩は収まったが、今度は吹雪いてきていた。
八満達は、かまくらの中にいて、もう外は、真っ暗になっている。
かまくらの中は、懐中電灯3つ分の明かりで照らされている。
「な、なんとか助かったな」
「そうね、でも何でこんなものが?」
不自然だった。不自然過ぎた。
こんな所にかまくらがあり、しかも岩陰にあるので、雪崩を防げるように
なっていた。
「千津さん、足は大丈夫ですか?」
「うん、だいぶ良くなったみたい。ありがとう、八満」
「あ、ああ」
八満は照れながら、言った。
「おい、シアンも大丈夫か?」
八満が、言う。
しかし、シアンはそこにはいなかった。
「あれ?シアン?」
どこにもいない。
ここにいるのは、八満、Jr、千津、眠っているポン太の3人と一匹だけだった。
「ちょ、ちょっと、シアンは!?」
千津が、言う。
八満は、もの凄い吹雪の外を見て、
「ま、まさか・・・シアンは逃げ遅れて・・・?」
「な、なんだと!?」
Jrはそう言うと、自分のバッグからスキーウェアを取り出して着替えた。
「キッドさん、危険よ!」
「シアンさんは、もっと危険なんですよ」
「でも!」
千津が言ったそのとき、
「おい、Jr・・・」
「なんだ!?早く行かな――」
ガン!
そんな擬音と共に、Jrが地面に倒れた。
「キッドさん!?何してるの八満!?」
千津は、バッグをJrに叩きつけた八満に言った。
八満は、スキーウェアを着用している。
「・・・元はといえば、俺が清丸の話に乗ったのがいけなかったんだ。だから、
俺が行く」
「で、でも見つからなかったらどうするのよ!?」
「大丈夫だって、絶対見つけて帰ってくる。ポン太を見ててくれよ、じゃあな」
「八満!!」
八満は、千津の声を無視して、真っ暗なかまくらの外へ飛び出していった。
八満は、とにかくシアンを助けたい。それしか考えてなかった。







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