トカちゃん大捜査線

 8月のクソ暑いある日の夜、ワタクシが会社から帰って汗ビッショリの身体を扇風機の前に投げだしておりました時、突然トホ妻がふと思いだした、といった風情でワタクシに言いました。今回は少し趣向を変えてワタクシの解説をはさみながら会話劇シナリオ風にその時の状況を再現したいと存じます。

トホ妻 (楽しそうに)「ねぇ、知ってる?うちの玄関にトカゲがいるのよ」

いわんや「……なにがいるって?…」

トホ妻 「トカゲ」

いわんや「…?…トカゲ???………玄関に?……」

トホ妻 「今朝、アタシが靴を履こうとしたらね、その靴の中からチョロッと出てきたの」

いわんや「トカゲが……チョロッと…で、どしたの?」

トホ妻 (楽しそうに)「となりの靴の中にまたチョロッと入ってったよ」

いわんや「…あっ…そう…」

 こまでが言うなれば会話の「第一部」でございまして、以上の会話からハッキリしたことはトホ妻が朝、出がけに玄関でトカゲを見たこと、ソイツが他の靴の中に逃げ込んだということ、の2つでございます。しかしワタクシはこの会話の中にどうも釈然としない、モヤモヤしたものを感じたのでございます。そこで、そのモヤモヤをもう少し明確にすべきであると思ったワタクシはトホ妻に対して幾つかの質問をしてみたのでございます。

いわんや(いぶかしげに)「トカゲなんて一体どっから入ったのさ?」

トホ妻 「アナタがきのうドア開けた時にでも入れたのよ、きっと」

いわんや「俺は入れてないって、そんなもん」

 ホ妻はとりあえず何でも夫のせいにしようとするものでございます。しかし、トカゲの侵入経路に関する問題を掘り下げてみても、ワタクシの心の中にあるモヤモヤは解消致しません。そこでワタクシは質問の方向性を変えてみたのでございます。

いわんや「でさ、そのトカゲってまだいるの?玄関に」

トホ妻 (依然として楽しそうに)「トカゲ?いるよ。アナタの靴の中にでもいるんじゃない?」

 タクシのモヤモヤが何なのかだんだんハッキリしてまいりました。トカゲのことを話す時のトホ妻はなぜこのように楽しそうなのでございましょう?爬虫類のトカゲでございますよ。気持ち悪いから早く外に追い出せと言って夫をせきたてる奥様がいても不思議はございません。しかるに、トホ妻はトカゲが自分の靴から出てきたことに対しても、ソイツが玄関に置かれた靴のどれかに今もまだ潜んでいるかもしれないという事実に対しても、なぜこのように楽しそうにしているのでございましょう?そこでワタクシはトカゲに対してひどく寛大なトホ妻の態度に焦点を絞って質問を重ねてみたのでございます。

いわんや「しかしさ、ゴキブリならあんなに大騒ぎするクセに、トカゲなら平気なワケ?」

トホ妻 「平気」

いわんや「何で?」

トホ妻 (平然と)「だって、トカゲは家に上がって来ないじゃない」

いわんや「…家に…って、じゃ、ゴキブリも玄関にだけいるなら問題ないわけ?」

トホ妻 「やだ。ゴキブリは嫌い」

 ったくすごい理屈でございます。と言うよりも、理屈にも何もなっていないと申すべきでございましょう。しかしこれでほぼハッキリ致しました。ゴキブリには嫌悪感を持つトホ妻も、トカゲに対しては明かに好感を抱いているようなのでございます。両方とも嫌いな方にしてみれば「同じようなもんじゃないか」とおっしゃるところでございましょうが、彼女の中ではおそらく厳然たる違いがあるのでございましょう。

 タクシもまぁトカゲ一匹程度に騒ぐつもりはございませんでしたが、ソイツが「靴の中に逃げた」という目撃証言が引っ掛かりました。靴を履こうとして、中にいるトカゲを踏んづけたりしたら…などというのはあまり楽しい想像ではございません。そこで、寝る前にワタクシは玄関の明かりを点灯し、そこに置かれた靴を順々に調べるという徹底捜索を試みたのでございます。ああ、夜中に背中を丸めて玄関の靴を一足づつ覗き込む中年男…何と悲しい姿でございましょう。しかしそのような屈辱に耐えてのトカゲ大捜索にもかかわらず、どの靴にもトカゲは発見できなかったのでございます。その頃になりますと、玄関に潜むトカゲはワタクシども2人の間では「トカちゃん」という名称が与えられておりまして、会話も以下のようになってきておりました。

いわんや「トカちゃん、いなかったよ」

トホ妻 「トカちゃんいない?じゃ、アナタがさっき帰ってきて玄関のドア開けた時に外に逃げたのよ」

いわんや「そんなバカな。俺がドア開けて玄関に入る数秒の間に足元をうまくスリ抜けたっていうの?」

トホ妻 「でもアナタ玄関入るとき足元見てたわけじゃないでしょ?」

いわんや「……」

 実を無視した、このトホ妻の論理構築には全く驚かされますが、このようにホラに近いトホホな理屈をコネるトホ妻でございますから、ワタクシ、正直なところあのトカちゃん目撃談も実はトホ妻のホラだったのではないか?などと少しばかり考えずにはおれなかったのでございます。

 かしこの話には後日談がございます。皆様ウスウス御想像の通りトカちゃんはついに発見されたのでございます。それは、この文章を書いているまさに今日の出来事でございまして、冒頭の会話が交わされた翌々日の朝のことでございました。ああ、トカちゃんを発見した興奮が覚めやらぬワタクシは思わずキーボードを打つ手も震えてしまうというものでございます。

 朝ワタクシが家を出る時にはにわか雨が降っておりましたので、ワタクシは傘立てからジャンプ傘を1本取り、ドアの外でそれを「ボンッ」と勢い良く広げたのでございます。すると傘が開いた勢いで何かが地面に放り出されたのですが、それこそ体長約10cm程のトカゲでございまして、トカちゃんに相違ございません。ワタクシが靴の中を大捜索しておりました時、ソイツは玄関の傘立ての中に潜伏しておったというワケでございます。2日ほど水気のない傘立ての中にいたせいか、トカちゃん自身も表面は乾いて白っぽく変色しておりましたが、にわか雨に湿ったヘボ庭に逃げて行きましたから、今ごろは水分補給して元気になっておりましょう。

 2日ほどとは言え、同じ屋根の下で生活を共にしたトカちゃんでございます。トホ妻もトカちゃんには好感を持っていることでもございますれば、ここはひとつあのアジサイ(参照:トホ妻テロリズム)のようにトカちゃんにもグングン我が家のヘボ庭で成長してもらい、来年あたりにはコモドオオトカゲくらいの姿になって我が家の庭を歩き回ってもらうのも悪くないな、と思える晩夏の今日この頃でございます。

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