5章 ディモール妖変(後編)
ようやく左右にかぶさる濃い緑が薄くなってきた。
木々の間から左手前方に、おもちゃの様な城塞とその上に突き出した塔が小さく見え始めている。
ディモールの王城下の町に続く街道である。ある程度の広さはあるものの、その道幅と人馬の交通量の少なさにこれが王城下の町に続く街道かと、中原の豊かな国からの旅行者ならば驚きと軽い侮蔑の念を込めて思うであろう。
陽は既に中天近い。
道を歩いているのは2人連れの旅人だけだ。
先を歩いていた旅人の歩みが突然止まった。後ろからついていた小柄な方がその背中にぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。
ケンとシアの2人だった。
ケンが振り向く。シアと正面から向き合う形になった。
そこで彼女の方を見るでもなくケンが口を開いた。
「やめだ」
ケンの言った言葉の意味が俄には理解できず、シアはその場に立ち尽くした。
ケンはそのまま歩きだした。いま来た道を逆にたどる方角だ。
シアがあわてて後を追う。前にまわって問いかけた。必死の表情である。
「ど、どうしてなんです。ここまで来て、もうお城も目の前じゃないですか」
ケンの目がシアを見る。一瞬殴られるかと思い、シアが目を伏せた。
「勘だ。いやな感じがする」
彼女の問いかけにケンが自分の行動の理由を答えるなど、滅多に無い。こういう場面では特にそうだ。だが、シアはそれすら気付かぬほど動揺していた。
「そんな…」
語尾は力無く消えている。反論はできなかった。ケンが自ら決めた事を、シアの意見で変更したことなど一度もない。生意気な口をきくなと殴られるだけだ。
首を落とすシアに向かって踏み出したケンの歩みが止まった。
静かに振り返る。何かの気配を感じたような動きだった。
振り向いた視線の先に何が見えているのか、シアからはケンの背中しか見えない。
その時だった。シアの耳に声が微かに聞こえてきた。
「…シア…」
誰かがシアの名前を呼んでいる。若い女性の声だ。
はっとしてケンの背中越しに道の向こう側を見る。
遠くで誰かが手を振っている。
藍色の上着、同系統の膝までのスカート。少年のようなショートカットの黒髪が風に揺れている。
「ファジィ!」
記憶にある姿よりもだいぶ背が伸びている。体つきも随分とおとなの女性らしくなっている。最後にロランで別れた時とは別人のようだ。
だが、シアには判る。
幼い頃は姉妹のように共に学んだ間柄だ。たとえどのように変わっていようが、シアはひとめで彼女はファジィだと認めていた。
走ってくる姿を見て、思わずこちらからも駆け寄ろうとする。
肩を掴まれた。ケンが低い声で制止する。
「待て」
「どうして、あれはファジィよ。わたしには判るわ。すっかり大人っぽくなっちゃったけど、間違いないわ」
だがケンはシアの言葉に返事は返さず黙ったまま、走ってくるファジィの方を見つめている。
シアがケンの手を振りほどこうとしている間に、ファジィが2人の前に到達した。
ようやくケンがシアの肩を掴んでいた手を離す。
「ファジィ」
「シア」
互いの名を呼びあった2人は、手を握りあった。
ケンは周囲の気配を探っている。
「待ちきれなくて。こっそりあたしだけ出迎えに来ちゃった」
ファジィが息を弾ませながら言う。
走ってきたせいか頬が赤い。喜びのあまりか、瞳も潤んでいるようだ。
シアの目にも涙が浮かんでいる。
「会いたかった…」
そこで言葉に詰まった。これ以上なにか一言でも喋れば涙がこぼれてしまいそうだ。
いや、彼女の顔を見ているだけで、盛り上がった涙は自然と溢れた。
ファジィがシアの頬に伝う涙をやさしく指で拭う。
「大変だったわね、シア…」
シアがただ肯く。それきりファジィも言葉が続かない。
胸の内の想いはつもるほどあるが、それもお互いの顔を見ているだけでただ言葉にならない。
どこか遠くの森の中を風が渡っていく音だけがしていた。
ややあって、ファジィが明るい声でシアに話し掛けた。
「ほら、せっかくまた会えたんだからもっと明るくいきましょう。こんな上天気の日に俯いていたら一生の損よ」
思い切り明るい笑顔だ。他人のこんな表情はどの位前に見たきりだろう。
(あぁ、やっぱりファジィだ…会えて本当によかった)
シアも笑顔を返す。
そこで周囲を見回すと、ファジィに問いかけた。
「そういえば、テブクロは?」
いつもファジィの側にいた黒猫の姿が見えないことにシアは気づいていた。
「あら、テブクロの方が先にあなたに会っていると思ったんだけど」
「いえ、まだ姿を見てないわ」
「そう、きっとどこかで道草をしているのね、しょうがない子」
肩をすくめてみせるファジィにシアはふと微妙な違和感を抱いたが、その感覚はそれ以上発展しなかった。
「テブクロにも早く会いたいわ。また皆で一緒に遊びましょう」
気分が高揚して、すっかり昔に戻ってしまったような口調で話すシアを眺めて、ファジィがくすりと笑う。
それから視線をケンの方へちらと移して言った。
「そうそう、そちらの方も紹介してちょうだい。あたし達2人だけで盛り上がっていたら失礼じゃないの」
言われてシアはあわててケンの事をファジィに紹介する。
「この人はケン。お父様のお願いでわたしと一緒に旅してくれているの。とても強いのよ」
シアらしい単純明快な紹介にファジィが苦笑する。
だが、ケンはにこりともしない。醒めた表情のままだ。
「…気にくわんな」
その場の空気を凍りつかせるような冷たい口調で言う。
シアの顔に不安の翳がよぎる。
「ケン、お願い…何が気にいらないの。せめて理由だけでも教えて…」
シアにしてみればかなり思い切った質問だろう。
だがケンはそれには答えない。今にも踵を返してディモールから出ていく方角に歩きだしそうな顔をしている。
「困ったな。お願いですからシアと一緒に来てもらえませんか」
2人の雰囲気からそれとなく事情を悟ったファジィが、ケンに対して本当に困ったような表情で懇願する。
ケンがファジィを見、そして前方のディモール城に視線を移す。
実はケン自身にも今のところあやしい気配は感じられていない。
これ以上先に行くべきではないという根拠は、勘だけである。
だが、それは今までにケン自身の生命を何度も救ってきた感覚だった。
それを信じるのならば、この場で踵を返すべきだった。
それで今感じているこの嫌な感じから抜けられるはずだ。
祈るような顔つきでこちらを見ているシアの目と視線がふと合う。
胸が痛くなるほどのひたむきな願いを込めた視線だ。
なぜかは自分でも判らないが、城へ行く決心がついていた。
「…判った」
承諾の言葉をファジィに向かって言う。
シアの顔がたちまち明るくなった。
(らしくないか…)ケンが胸の内で苦笑する。
「そうと決まったら、さ、早くお城まで行きましょう。みんな色々準備して待っているのよ」
ファジィがうきうきとした口調で言った。少しはしゃぎすぎのようにも見える。
そのままシアの手を引いて駆け出す。シアはケンの方を気にしつつも、その手に引きずられるように一緒に走り出した。
「おい、ちょっと待…」
ケンが制止の声を掛けようとした時だった。
シアの目に映るケンの身体が一瞬ぶれた。
きいぃんと澄んだ音がして、その足元に何か透明な物体が落ちる。
いつのまにかレグレスがケンの手にあった。
太陽に向かって顔を上げている。
足元に転がっているのは、先の鋭く尖った何かの結晶のような棒状の物体だ。
だが、単なる結晶ではないことは、それが地上に落ちてすぐに光を放ちつつ消えてしまったことからも判る。何者かの術によって創りだされた偽りの結晶体だ。
天空から音も気配も無しにいきなりそれが投げつけられてきたのだ。
ケンでなければ背中から急所を貫かれていただろう。
地上から投げたのでは有り得ぬ角度であった。だが、上空には何者の姿、気配も感じられない。
「ケン!」
シアの叫びと次の攻撃は同時だった。
再びケンの手のレグレスが霞む。
音はひとつにしか聞こえなかった。それほどの連続した攻撃であり、それを防ぐ卓越した剣技であった。
10数本の結晶が跳ね飛ばされる。
ひと呼吸分、間が空いた。
「シア、そいつから離れろ」
ケンが叫びつつシアの側に寄ろうとするが、続けざまに天から降ってくる結晶は角度が一定しない上に、太陽光線の中に溶けこんだように見えにくい。
いかにケンでも、飛んでくる結晶を跳ね飛ばしながら、じりじりと移動するのが精一杯だ。
驚きと混乱でシアはその場に立ち尽くしている。
その背後からファジィが両手を回した。
後ろから軽く抱きつかれたような体勢になった。
力を込めて捕らえているわけではない。だが身体が動かない。
何かごく軽い麻痺の類の術を併用しているらしい。
「あれを全部防ぐなんてさすがね。今までこの娘を守ってきただけの事はあるわ」
シアの頭越しにケンへと呼び掛ける。
「やはり貴様か」
ケンの言葉には苦渋の色がある。
内心、疑念を抱いていた相手にむざむざシアを渡してしまった後悔の念があった。
「ファジィ、何を…」
首を後ろに向けようともがくシアの耳元にファジィが熱い息を吹きかけた。
「シア…変わってないわね。なんて可愛い娘…」
信じ切っていたファジィが自分を捕まえようとしている、その事実に激しい衝撃を受けたシアがかろうじて言葉を絞り出した。
「どうして…何があったの…」
ファジィはシアの問いかけに対して、答えともいえない言葉を彼女の耳元に囁き始めた。
「さっきあたしの頬、赤く火照っていたでしょ。瞳も潤んでいたはず。これはね、あなたに会えて嬉しいからだけじゃないの。走ってきたせいでもない」
そこでいったん言葉を切る。シアの耳にはファジィが喉を鳴らす音が聞こえた。
「…これからあなたを連れていった時に、旦那様がご褒美にして下さる事を考えると、もう堪らなくて…」
(…旦那…様?)混乱する意識のなかでシアには、ファジィの変貌の原因が見えたような気がした。
だが、彼女の思考はそこで途切れた。
ファジィが手を着衣の中に探りいれてきたのだ。
彼女の指が直にシアの肌の上を滑る。
片方の手は胸の先に伸び乳首を弄び、もう片方は怪しい動きで股丘をまさぐる。
吸い付くような感触の熱い指と掌だ。
異様な快感がその指先に触れられた部分から広がった。
「ああ、やめて。ファジィ…」
シアが、快楽の波に意識を持っていかれそうになりながら懇願する。
ファジィの手の動きは止まらない。
胸の手が乳首をつまみ、転がす。
下半身では細くしなやかな指が秘所の裂け目にもぐり込み、敏感な部分を刺激する。
耳元で囁く声は淫らな内容に満ちている。
「段々湿ってきたわよシア。ぬるぬるしている。自分でも判るでしょ、ほら」
ファジィがシアの股間を探っていた指を引き抜き、彼女の顔の前にもってきて親指と中指を擦りあわせて見せた。
シアが顔を背けると、その指を自分の口元に持っていき唇にそっと這わせる。
「こんなに感じて。この匂い、この味。ふふっ、男の匂いがするわ」
そのまま指をいやらしくくわえ込むと、音を立ててしゃぶりたてる。
「おいしい…」
指先が充分濡れたところで、今度はその同じ手を自分のスカートの中に差し込んだ。
その部分が俯いたシアの視線にわざと入るように身体をずらす。
片側がたくし上げられたスカートから覗く股間は何も着けていない。むき出しの花唇が掌の隙間から見え隠れする。そこを白い指先が撫で回し、擦り、出入りする。
内腿が光っているのは指先から溢れる熱い液体のせいだろう。
「可愛い顔してもう殿方を知っているなんて。あなた、旅の途中で色々楽しいことを経験してきたようね。ケンさんとも毎晩楽しんでいるんでしょう」
「でもいいわ。あたしも夕べやっと判った。シア、今度はあたしのも味わってみて。判るでしょ、まだ旦那様のものが残っているのが」
自分の秘所から引き出した指を、今度はシアの唇に無理矢理ねじ込む。
「あぁ…ぅぐ…ケ…ン」
かろうじてシアがケンの名を呼ぶ。
ケンも黙って2人の様子を見ていたわけではない。
動かなければ結晶は飛んでこない事に気づき、術の正体を探っていたのである。
(こちらの動きに反応する結界か。どうすれば破れる?)
「さあ、旦那様の所へ行きましょう。あなたと2人でならもっと楽しめるはずよ、うふふふ」
ファジィの声が意識せずに大きくなってきている。最初はシアの耳元で囁いていたのが、いまではケンにもはっきりと聞き取れる程度の大きさとなり、口調もうわずりかけているのが判る。興奮の度合はかなり高いようだ。
(憑かれているのか?)
ケンの脳裏を疑問がよぎる。だが、最初はそのような気配は全く感じられなかった。
ファジィを疑うことなど最初から考えていないシアはともかく、ケンはかなりの注意を払ったはずである。
それで特におかしい様子は見えなかったからシアを押さえていた手を離したのだ。
単なる表層レベルでの憑依ではない。
(憑かせたのは相当の術者か、厄介だな)
ファジィの視線がレグレスを構えたまま動けないでいるケンを捉える。
「どうしたの?シアはあたしと城に行くけれど、あなたは来ないのかしら」
先ほどのシアとの会話からは想像できない悪意のこもった嘲笑だ。
それには答えずケンは静かに目を閉じた。
これだけの術にもかかわらずファジィ自身が何の施術動作もしていない以上、どこか近くに術の念を込めた象徴(シンボル)があるはずだ。
「さあ行きましょうシア、ケンさんとはここでお別れよ。あのひとはここから動けないわ。生きている間はね」
ファジィがシアの耳元に囁いた。
邪悪な期待を込めて、彼女の瞳をのぞきこむ。
だがそこにファジィが見出したものは予想とは異なるものだった。
「ケン」
そっと、しかし限りない信頼感を込めてケンの名を呼んだシアの目は、彼女の口元に浮かぶ微笑を捉えていた。
ファジィがケンの方を振り返る。
「…そこか」
低いがよく通る声でそう言うと、ケンはファジィ達とはまるで違う方向に体を向けた。
その動きに反応して結晶がケンめがけて降りかかる。
左手一本でレグレスをふるい、結晶群をはたきおとしつつ、ケンは右手を腰の後ろに回した。
すぐに戻した右手の指には掌程度の長さの針が光っている。
狙いをつけたようでもなく無造作にその手を振った。
頭上からの攻撃が止んだのと、ファジィの口からかすかな苦痛のうめきが漏れたのはほぼ同時だった。
ファジィの視線が、そしてシアの視線がケンの右腕の延長線上に集中する。
ケンが投げた針は道の中央部に突き刺さっていた。
よく見るとその先はびくりびくりと揺れ動いている。
脈動が一層大きくなり、その部分の地面を盛り上げて何かが地中から這いだしてきた。
芋虫のようなそれは、昆虫のような動きとは裏腹に精巧な結晶質の造り物のようにも見えた。
すぐに動きを止めたそのものは、自身が生みだしていた結晶の針と同様に虹色の光を放ちつつ消えて行った。
「あんなものまで用意して待っていたとはな。話では聞いていたが自分で移動する呪符、初めて見たぞ」
すでにファジィに向き直っているケンが、彼女に向かい歩を詰めた。
さらに近寄ろうとするケンに対し、ファジィがシアの喉元に短剣を突きつける。
「それ以上近づくとシアの命は保証しないわよ」
ケンの歩みは止まらない。
「やってみろ。お前の旦那様とやらの狙いは少なくとも、生きているシアだということは判っている」
ファジィが左手を振った。ブレスレットが太陽光を反射してきらめく。
そこからまばゆい光彩の触手が三条伸びた。虹の七色で構成された光の鞭だ。
三方からケンを襲う。
レグレスが一閃した。
清水の飛沫が散るようにきらめきが四散する。
驚くべきことにそのほとんどがファジィの側に飛んだ。
自ら創り出したものとはいえ、ファジィの目が眩む。
「!?」
一瞬とはいえ体勢を崩し、ケンの姿を見失った。だが、気配はひどく近い。
周囲に視線をめぐらす。
視界の隅に赤毛がちらと見えた。
いつのまにか2人の横に移動していたケンが、ファジィが首をめぐらすよりも早く彼女めがけてレグレスを突き出す。
シアには当たらないような巧妙な角度だ。
体を入れ替えてシアを盾にする暇はない、咄嗟にそう判断してファジィは彼女を呪縛していた腕をほどくと後方に飛びすさって逃げた。
シアがよろめくところをケンが片手で支える。
「大丈夫か」
「…は、はい」
何も言わずにシアの身体を受け止めた腕を離した。返事ができる程度に無事ならば自分の身体くらいは自分で支えろということだ。
今は闘いの最中なのだ。
だが最初にシアを支えたことで、わずかであるがケン側から攻撃を仕掛けられない間ができていた。
その隙にさらに下がりつつファジィが大きく両腕を宙に上げる。優雅な舞いのように右手と左手が複雑な軌跡を描く。
(次の仕掛けか、何が来る?)
これだけ接近していると呪文詠唱、精神集中を必要とする大技は使えない。というよりはそれだけの余裕はない。
魔術士としては小規模な目くらましで距離を置くのが、通常の手だ。
だが、それにしては予備動作が大きい。繰り出そうとしているのはかなりの規模の術のはずだ。
(となると、今と同じ手か)
あらかじめ術を施した呪符を用意しておき、あるきっかけで活性化させる。
施してある術と、活性化のきっかけの規模はほぼ比例する。
あらかじめ準備した術をその時が来るまで非活性化させておく技術は、ほんの小手先の技でも施術者の相当の技量が要求されるが、これだけの使い手なら楽々こなすだろう。
道の両側の空中にきらきらと輝くものが凝縮し始めた。
空中に出現した核から組み上がった人型は、ケンの2倍はある身体を揺さぶりつつ二人に掴みかかる。
ケンひとりなら強行突破も出来るだろうが、シアがいる。
ファジィの術が光を主体としたものだと見抜いたせいである。遮るもの無く太陽光が降り注ぐ街道の上では不利と判断したのだ。
ケンと共に駆け出そうとするシアに向かってファジィが叫ぶ。
「見て、シア」
思わず振り向くシアの前で彼女は上着の前をはだけた。
同時にスカートも落ちる。
ファジィはその下に何も着けていなかった。
極彩色の模様がシアの目に焼き付く。
全裸のファジィの全身には異様な色彩の紋様が踊っていた。
意味の有る形はひとつもなく、そのくせ上半身の分は両胸のふくらみを誇張し、下半身は股丘の
少なくとも下半身の分は先程までは無かった。たった今浮き出して来たのだ。
ファジィが胸と腰を突き出して見せる。
乳首のピアスがちりん、と鳴った。
両手を使って乳房をこねる。乳首をつまんでいる。
混沌とした原色の
目の錯覚ではない、模様そのものが動めいている。
それが卑猥さを一層盛り上げていた。
「ちぃ、シア、しっかりしろ」
シアを叱咤しながらケンは森の中へと逃げ込んだ。
「余計なまねをしてくれたものだな」
道の脇、梢上から豊かなバリトンの声が響いてきた。
声はファジィが見上げた可憐な小鳥から発せられていた。
「…『詩人』さんね」
小鳥はすぐに飛んで行ってしまったがファジィは樹上を見上げたままだ。
「『無名』の指図か」
問う声は陰々と低くかすれている。
声質がまったく異なりながら今と同一人物と思われる声は、隣の木の枝を歩いている甲虫から出ているとしか聞こえなかった。
「そうよ、あたしは旦那様に言いつけられてシア達を迎えに来たの。あなた達には関係ないわ」
「ふん、奴と同じことを言う。まさしくあやつり人形だな」
今度はきれいなボーイソプラノだ。声は土中から聞こえた。
「我々の結界を活性化させるのは、シア姫達をもっと奥に誘いこんでからの予定だった。ここでは彼奴らの居場所もつかめぬ。どうする気なのだ」
「心配しなくても大丈夫よ、シアは必ずあたしのところへ来てくれるわ」そう言ってファジィは誰に見せるともなしにくるりと廻ってみせた。「この身体を目に焼き付けてしまった以上は」
先程から服は着ていない、裸のままだ。
「
あいかわらずえげつない」