2004.09.30

【誤字等の談話室 6】

誤字等の館 (ごじらのやかた) に寄せられる読者様のコメントに対して館主が答える「誤字等の談話室」、その第6弾です。

[026]

"ヒール・アンド・トゥー" についてです。
私は趣味でバレエをやっていますが、確かにトゥシューズはたいていトゥと表記さ
れていて、私もそれに完全に慣れていて違和感を覚えていませんでした。
ただし、今回読ませて頂いて気づいたことですが、少なくともバレエのトゥシュー
ズに関しては、トゥと表記しながらも誰もが「とう」と発音しています。
「to, two」と同じ発音しているわけではないのです。
(少なくともバレエ教室やショップで、とうシューズのことを twoシューズと発音
しているのを聞いたことはありません)
確かに「トゥ」は「two」の表記だと思いますが、
「トゥ」の発音は「とう」だと思っている人が山ほどいるように思いました。
(文脈により使いわけているかもしれません。ワン・トゥ・スリー とかかれて
「とう」と読む人はいないと思いますので)
おそらく指摘された方も「トゥ」は「とう」派の方だったのではないかと思いま
す。

現場からの情報、ありがとうございます。
さすがに、バレエ教室で「twoシューズ」とは発音していないわけですね。

「トゥ」を「とう」と読む分には、理解できます。
拗音以外の「小文字」の仮名を大文字と区別しない人は多いですから。
「フィルム」を「フイルム」と発音したりするのと同じですね。
「ヒール・アンド・トゥー」の回に関して「私はあなたが間違っていると思いますよ」と指摘された方も、そうでしょう。
「トーウ」と聞こえる言葉を「トゥ」と表記して何が悪い、というところですね。

また、「トゥ」の読みが文脈によって変わることも、想像がつきます。

しかし、さすがに「トゥー」を「とう」と読むのは、想定外です。
少なくとも私なら、「トゥー」と書かれていたら「two」の読み以外の解釈はしません。
バレエの靴も、「トゥーシューズ」と書かれていたら、「twoシューズ」になってしまいますよね。
前述の指摘をされた方は、「トゥー」と「トーゥ」の区別が付いていないように見えるところが、不思議なのです。

ところで、私の知人にかなりの「車好き」がいます。
先日、話の中で「ヒール・アンド・トゥー」が登場しました。
明らかに「トゥー」と発音しています。
指摘しようとは思いませんでしたが、どことなく居心地が悪かったです。
「ヒール・アンド・トゥー」という「専門用語」に関しては、かなり定着してしまっているのかもしれませんね。

[027]

誤字を扱う上で注意しなければならないのが方言の存在です。
電気が使われていない時代は交通網や情報網の整備がされていませんでしたか
ら
当然日本全国の言葉を統一するのは無理です。
結果的に地域独自の言語体系(つまり方言)が形成されていきます。
「ある地方ではこういう読み方をするけど別の地方ではこんなことは言わない」
という例は珍しくありません。
そして、交通網や情報網の発達した今でもその頃の名残はあります。
それらを「標準語ではないから」と言っ
て間違いとしてしまうわけにはいきません。

誤字と方言は紙一重です。
方言を誤字と言っ
てしまうことは方言を不当に批難することになるので注意が必要です。

例えばプラスチックのことを「プラッチック」と言ったり
「拾う」のことを「ひらう」と言ったりする人がいますが
これは決して間違いではなく方言(関西弁)なので
目にしたり耳にしたりしても「間違ってますよ」とは言わないようにしましょ
う。

というわけで質問ですが、みなさんは「方言なのに誤字として扱われてしまっ
た」という例はありますか?

そうですね。方言の存在は無視できません。
日本語の方言の多様さは、想像を絶するものがあります。
山をひとつ越えただけで別の言葉になるほど局所的な変化もあれば、世代間で変わるといった時間的な変化もあります。
交通網や情報網の発達した現代では、さらに「複数の方言がミックスされる」という現象も起き易くなっています。

無論、そういった方言が「標準語」と違うからといって、それを「誤字」とするのは早計です。
しかし、論文や報告書などの公的側面が強い文書に「方言」を記述する機会は、そう多くないでしょう。
特定の地方向けではない、どう見ても「標準語」の文章に「方言」が混ざっていたら、それは「誤字」扱いされてもやむを得ないかもしれません。

そういった意味で、「方言」を常用する人は、「方言」と「標準語」を使い分ける「バイリンガル」の能力が必要とされているとも言えますね。
共通語だと思い込んでいた言葉が実は方言だったという機会もあるでしょうが、それは「バイリンガル能力」を磨く良い機会とも考えられます。

「方言なのに誤字として扱われた」経験をお持ちの方は、そのエピソードをご紹介ください。

[028]

「話しを聞く」や「うる覚え」は、つい最近まで間違いだと思っていました。
しかし、ネットで調べるとそう言い切るのは難しいようです。

ネット上には沢山のQ&A掲示板があり様々な議論が繰り広げられています。
その中にもちろん「話しを聞く」や「うる覚え」
は間違いではないかというテーマのスレッドもあります。
しかし、「話しを聞く」や「うる覚え」
は正しいという証拠を持ち出してくる人もいて
最近これらを間違いと決め付けることに疑問をいだくようになってきました。
なかには「祖父母から『昔からそういう使い方をしていた』と聞いた」
という人もいるくらいですし。

その議論を見ていないので何とも言えないところですが、少なくとも「祖父母から聞いた」は、信憑性が低すぎますね。
その地方の方言かもしれませんし、昔から間違っていただけかもしれません。
「誰かに聞いた」という「伝聞」は、そもそも信頼性の得られる情報ではありませんしね。
経路途中では、無意識あるいは意図的な「言い間違い」「聞き間違い」「思い違い」「思い込み」「曲解」「誇張」「省略」などが起こり得ます。
その発生確率を考慮すると、伝聞を重ねるほどに信憑性は極端に下がると言えます。
それが、いわゆる「伝言ゲーム」というもの。

また、言葉の間違いが現代にのみ発生するなどということはあり得ません。
昔の人が間違えることだって、多々あるはずです。
現代より教育レベルの低い時代なら、かえってその可能性は高くなるでしょう。
そして、閉鎖された村のようなコミュニティでは、その間違いが近隣住民全域に伝播しても不思議ではありません。
間違いに端を発した言葉遣いが、そのまま「方言」として定着することもあるかもしれません。
よって、この議論において「昔からそういう使い方をしていた」という主張には「価値がない」と私は思います。

ただし、「間違いと決め付けるのは疑問」という姿勢自体は、良いことです。
ものごとを色々な角度から見る習慣を持つことは、非常に重要です。
にもかかわらず、人の言うことを鵜呑みにせず、自分の頭で考えることのできる人は、実はそう多くないという気もします。

問題は、そこで「論理的な思考」ができるかどうか。
そして、得た情報を吟味する能力を磨いているかどうか。
他人の口車にあっさり乗ってしまうような浅慮では、結局何も分からなくなってしまうでしょう。

世の中、「正しい」と「間違い」の二つだけが答えというわけではありません。
「場面によって、どちらともなる」ことも、あるのです。
その場合、「前提条件」の認識が一致しない限り、結論も一致することはありません。
ときに繰り広げられる「不毛な議論」の中には、こういった事情が理解されていないケースが多々あります。

はたして、「うる覚え」が正しいという主張は、本当に傾聴する価値のあるものでしょうか?

[029]

「ディスクトップ」は誤字として扱われるのに
なぜ「インキ」や「デジタル」なんかは誤字扱いされないのでしょうか?

「インキ」や「デジタル」は、「日本語」として既に定着しているからです。

外誤科誤字等の回で何度か書いたことですが、日本語と英語は音韻体系が違います。
そのため、音をそのまま転写することはできません。
「インク」であろうと「インキ」であろうと、「ink」そのままではないのです。
あえて原語の発音を気にするなら、観点になり得るのは「どちらがより近いか」です。
その点から「インキ」よりも「インク」を選ぶという主張は、「あり」でしょう。
「デジタル」という外来語を「ディジタル」と発音するのも、その方が「原語に近い」と思うからでしょう。

しかし、「ディスクトップ」はこれに当てはまりません。
「机」を意味する外来語として定着している「デスク」を「ディスク」にする理由など、皆無です。
「disk/disc」と紛らわしくなる上に原語の発音からも遠ざかるという、何のメリットもない愚行です。

「disk」だと思い込んでいるなら単なる「無知」で済みますが、それだけとも限りません。
上記の背景を一切理解できずに、単に発音を捻じ曲げてみただけで
「俺って、英語っぽく発音してるだろ、カッコいいだろ、へへん」
と悦に入っているような滑稽さは、あまりにもみっともないと思いませんか?

「ディスクトップ」を誤字扱いするのは、それが理由です。
そしてそれは、外誤科の誤字等の多くに共通する特徴です。

[030]

新聞社などが使う「メーン」(main)はなんとかならないんでしょうか。剣道の一場面が頭に浮かん
でなりません。なぜそうなっちゃったのか真相が知りたい所ですが。
Main Men とかは「メーンメン」と書くんだろうか…

すみません、「新聞社などが使う」の部分、いまひとつピンときませんでした。
「新聞」とのアンド検索で、どれだけ使われているか見てみましょう。

新聞 メーン:58,000件
新聞 メイン:373,000件

件数自体は、「メーン」もかなりの数です。
検索結果のページによると、「記者ハンドブック」に「メーン」と記載されているとか。
日本人には、その発音の方が馴染みやすいと判断したのでしょうか。

米国の「Maine州」も、「メーン州」という表記をよくみかけます。
「テール (tail)」「クレーム (claim)」「チェーン (chain)」なども同類でしょうか。
一方で、「トレイン (train)」「ペイント (paint)」「レインコート (rain coat)」といった例もあります。

外国語の「二重母音」をそのまま外来語化するか、長音に変化させるかは、統一されていませんね。
これといった基準は、設定されていないように見えます。
「メイン」にするか「メーン」にするかは、「慣用」の世界なのかもしれません。
さすがに、「メェン」や「クレェム」となると、「それはないだろう」といった感じですが…

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