2004.10.04

誤字等No.113

【ご教授願います】(取違科)

Google検索結果 2004/10/04 ご教授願います:14,700件

今回は、「のり」さんからの投稿を元ネタにしています。

世の中、分からないことは多いもの。
そして、自分の知らない知識を手に入れるための手っ取り早い方法は、誰かに教えてもらうこと。
質問を投げれば誰かが答えてくれる、そんなサイトもあちこちで繁盛しています。

そういった不特定多数の場に質問を投げるときには、なぜか「定番」のフレーズがあります。
それが今回の表題、「ご教授願います」あるいは「ご教授ください」といった言い回しです。
単に「教えてください」を丁寧にしただけの感覚で気軽に使われているようですが、果たしてそれで良いのでしょうか。

日本語には、確かに「教授する」という言葉があります。
その意味は、文字通り「教え授ける」こと。
一見すると、何も問題ないように感じられるかもしれません。

しかし、本来「教授」とは、学問や技芸などをきっちりと体系立てて教える場面に使われる言葉です。
それは、大学や高専で教員の最高位にいる人を「教授」と呼ぶことにもあらわれています。
単に「教える」を丁寧にしただけとは違う、「重い」言葉となります。

掲示板に質問を書き込んでいる人は、本当に「教授」を希望しているのでしょうか。
高度で難解な講義に付いていく勇気と自信がありますか?
本当にそうならば、「ご教授願います」を誤字とは言いません。
掲示板というツールが「教授」にふさわしいかどうかは、また別問題ですが。

大抵は、そこまで大げさなものではないはずです。
本格的な学問を要求しているわけでもなく、「このトラブルの解決法を知っている人がいたら教えて欲しい」といった程度のもの。
であれば、使うべき言葉は他にあります。
それが、「方法や知識を教え示す」という意味の「教示」です。

教授」を使っている人も、おそらく最初は「ご教示願います」という表現を、どこかで見たことがあるでしょう。
そして「こういった言い回しがある」ことを「なんとなく」覚えます。
しかしその記憶は曖昧であり、「教示 (きょうじ)」と「教授 (きょうじゅ)」の発音が似ていることから、どちらだったか確信が持てなくなります。
そして、どちらかと言えば馴染みのある「教授」に引っ張られ、取り違えが発生します。
中には、「教授」という言葉の意味に若干の違和感を覚える人もいるかもしれません。
それでも、まるっきりの筋違いというわけでもありませんので、さほど気にすることなく納得してしまうこともあるでしょう。
こうして、「丁寧な言葉遣いで質問してみよう」と思い立ったときに書き込む言葉として、「ご教授願います」が使われるようになりました。

この言葉がどれほど広く使われているか、Googleでの検索結果を見てみましょう。

ご教授願います:14,700件
ご教示願います: 4,760件

教授」が「教示」の三倍です。
明らかに、現時点でのWEB上における「優勢」は「教授」の方にあります。
誰かが明確に指摘しないと、どんどん増えていってしまいそうです。

ご教授願います」は、完全に間違った使い方というわけではありません。
言葉の意味としても、通用しないわけではありません。
それでもあえて「誤字」としてとりあげたのは、そこに「思慮の浅さ」が見えるような気がするからです。

言葉の意味を深く考慮することなく、「どこかで聞いたフレーズ」を、とりあえず使ってみる。
そんな姿勢が、「ご教授願います」という言葉からは垣間見えます。
それは、掲示板に質問を投げる人の中に時折見られる、「自分の頭で考える習慣を持たない人」たちの大きな特徴でもあります。

質問する人みんながそうであるとは言いません。
しかし、比率はわずかかもしれませんが、そのような人が実在するのは確かです。
そういった人は、たとえその場は答が得られたとしても、その姿勢を改めない限り「成長」はあり得ません。

無論、人に質問すること自体が悪いわけではありません。
一人で考えているだけでは解決しないこともあります。
問題は、安易に正解だけを求めていないか、ということ。
まずは自分で解決策を探す努力をしてみたか。
ゴールそのものよりも、そこへ至る道を見つけようとしているか。
そういった考え方を持つことのできる人には、「ご教授願います」などという言い回しは使って欲しくないものです。

さて、「ご教授願います」という誤用からは、他の誤字も生まれました。
それが、「ご享受願います」という誤変換です。

どこかで「ご教授願います」という表現を見かけ、そのまま「きょうじゅ」という発音だけで言葉を覚えてしまったのでしょうか。
まさか「享受」で正しいと思っているわけもなく、ただ変換に失敗しただけ、と思いたいところです。
なにしろ、「教授」と「享受」では、「授ける」と「受け取る」という完全に「逆」の意味になってしまいますから。
質問を「どうぞお受け取りください」と言われても、返答に困りますね。
「ご遠慮します」とでも返せば良いのでしょうか。

もっともこの場合、正しく「教授」と変換できていたとしても、結局は誤用というあたりがなんとも複雑ですが。

誤変換では、もうひとつ「教受」というパターンもありました。
確かに「きょうじゅ」と読めますし、字形も似ていますので、一見すると気付かないかもしれません。
しかし漢字の意味を考えてみれば、これでは何のことだか、さっぱり分かりませんね。

「かしこまった言葉遣い」というものは、普段から慣れていなければ、なかなか使えるものではありません。
そのような人が背伸びをした言葉遣いを試みた結果が「ご教授願います」だとすれば。
まさにそれは「丁寧な表現に縁がない」ことを露呈していることになります。

とはいえ現実には、堅苦しい表現など馴染んでいる人の方が珍しいというものです。
大切なのは、自覚。
変に格好つけたりせず、謙虚になった方が得策です。
借りてきた言葉で虚勢を張ったところで、素性は簡単に知れてしまうものですから。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

ご享受願います:123件
ご教授ください:27,300件
ご享受ください:223件
ご教受ください:3件

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