2004.10.11

誤字等No.115

【寸暇を惜しまず】(取違科)

Google検索結果 2004/10/11 寸暇を惜しまず:238件

今回の題材は、「寸暇を惜しまず」。
汚名挽回」と同じように、「日本語の誤用」に関する話題で取り上げられることの多い言葉です。

実際に間違って使っている人も、確かにいます。
しかし、検索結果を見る限りでは「純粋な誤用」と「誤用の指摘」の数は匹敵しているような印象があります。
実態以上に「誤用」という印象が広まって「大げさ」に取り上げられている言葉とも考えられます。

さて、この「寸暇を惜しまず」という言葉。
寸暇を惜しまず働く」などといった形で、時折目にすることができます。
いったい、どのような意味の言葉でしょうか。

寸暇」とは、文字通り「ちょっとしたヒマ」のこと。
ごくわずかの空き時間、ということですから、仕事の途中の「小休止」になるでしょうか。
それを「惜しまず」ということは、遠慮なく休みをとる、ということになりますね。
この時点で初めて、「自分の思っていた意味と違う」と気づく人もいるかもしれません。

時間を惜しまず、気軽に小休止をとる。
いかにもやる気のない様子で、ダラダラと働いている姿が目に浮かびます。
そんな社員を雇っておく余裕のある会社など、今の時代に多くはありません。
そのような社員は、真っ先に「リストラ対象」に名を連ねることになりそうです。

普通は、そんな不真面目な宣言など、する必要がありません。
まぁ、世の中には色々な人がいますから「ゼロ」とは言いませんが、滅多にないでしょう。
「力を抜いて生きること」を信条としている人なら、いてもおかしくはありません。
それでも、わざわざ「寸暇を惜しまず」などという表現を使う必然性はありませんね。

本当は、「寸暇を惜しんで」と書きたかった違いありません。
それなら、わずかの空き時間すらも無駄にせずに、仕事に集中するという意味になります。

言葉自体はよく似ていますが、「惜しんで」と「惜しまず」では、意味がまるっきり逆です。
おそらく、「努力を惜しまず」「手間隙を惜しまず」あたりが混ざってしまったのでしょう。

これもまた、前回の「例外に漏れず」と同様に、「慣れない書き言葉」を無理に使った結果、という印象のある言葉です。

普段から中途半端な言葉遣いしかしていない人が、突然真面目な口調になろうとしてもそううまくはいきません。
どんなに背伸びをしてみても、ほんの些細なことから正体は明るみに出てしまうものです。

もし、就職試験の面接で、「寸暇を惜しまず努力します!」と大見得を切ったとしたら。
言葉通りに解釈されでもしようものなら、その場で「不採用」が決まってしまいかねません。

あるいは、「寸暇を惜しまず勉強する!」などと宣言する学生がいたら。
「もう進学をあきらめたのかい」と言われてしまうかもしれません。

慣れない「書き言葉」で自分を飾り立てることを、止めはしません。
それがそのまま通用する可能性も、十分あります。
しかし、それは常に「馬脚を現す」リスクとの共同体となります。

できることなら、そんな背伸びはしなくても済む方が望ましいのは言うまでもありません。
等身大の、「自分の言葉」で、ちゃんとした文章を書くことができる。
そんなスキルを身に付けておけば、きっとどこかで大いに役立つことでしょう。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

寸暇惜しまず:4件
寸暇を惜しまない:12件
寸暇を惜しむことなく:3件
寸暇を惜しむな:1件

※ 2004/10/13
読売新聞朝刊のスポーツ面に、セ・リーグで優勝した中日・落合監督に関する記事がありました。
監督は、スコアラーが集めた他球団のデータを、「寝る間も惜しまず」分析したそうです。
分析なんてさっさと済ませて、英気を養うためにしっかり睡眠をとったということでしょうか?
…そんな調子で優勝できたら、たいしたものです。

無論、これは「惜しんで」の書き間違い。
何重ものチェックがあるだろうに、誰ひとり気づかないとは情けない。
「日本語の現場」といった連載記事の説得力、ガタ落ちです。
まさか、天下の大新聞が「書き言葉」に慣れていないなんて、ありえません。
しっかりしてくれ、新聞記者。

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