2005.05.22

誤字等No.135

【焼き回し】(取違科)

Google検索結果 2005/05/22 焼き回し:18,100件

今回は、「快 詩伝」さんからの投稿を元ネタにしています。

正直、私はこの表現を目にしたのは初めてです。
会話の中で聞いたことはあるのかもしれませんが、気付いた覚えはありません。
しかし、検索結果の件数は驚異的でした。
十分、「メジャー級」と呼べる数値です。
一部をひらがな表記した「焼きまわし」の件数も、ほぼ匹敵しています。

検索結果のページには、「焼き回し」が「間違い」であること自体を話題としているものがたくさんありました。
自分自身がずっと「焼き回し」だと思い込んでいた、という話。
他人が「焼き回し」と言うたびに気になって仕方がない、という話。
焼き増し」と「焼き回し」って、どっちが正しいのかよくわからない、という話。
利用頻度だけでなく、その「知名度」も非常に高い誤字等と言えそうですね。

焼き回し」の使用実例をよく観察すると、「二種類の意味」で使われていることが分かります。

まずは、写真のプリントに関するもの。
同じ写真を追加で焼き付けること、すなわち「焼き増し」との取り違えです。
上記の「間違いの指摘」は、ほとんどがこの「焼き増し」を「焼き回し」と勘違いしている、という内容でした。
実際に焼き増しを請け負う写真屋さんたちにとっては、かなり身近な言葉のようです。

ほとんどは、「書き間違い」や「言い間違い」などではありません。
本当に「回し」で正しいと信じている様子がうかがわれます。
その理由を推察してみましょう。

写真を焼き増しする主要な目的のひとつは、「友人に配る」ことです。
この意識が、「焼き回し」の原因となっている可能性があります。
回す」には、人に物を「渡す」「行き渡らせる」などの意味があります。
仲の良いグループのメンバーに、自分の撮った写真を「回す」ために焼き増しを依頼しているのであれば。
その連想が働けば、「焼き回し」という言葉に説得力が発生しても不思議ではありません。

もうひとつ、「使い回し」との関連も考えられます。
銀塩写真の「焼き増し」をする場合、同じネガを何度も使い回します。
この方向からも、「焼き回し」への連想が生じ得ます。

無論、「発音の近さ」も大きな要因です。
やきまし」と「やきまわし」の発音は、よく似ています。
「間延びした発音」にすれば、両者とも「やきまーし」となって、さらに近くなります。
他人の発話した「焼き増し」を「焼き回し」として聞き取る可能性も十分にあるでしょう。
そこで上記のような自己流解釈に納得してしまえば、そのまま「焼き回し」が記憶に残ります。

同様に、たとえ「焼き回し」と発音しても、聞き手には「焼き増し」と受け取られることも多いはず。
発音の近さは、間違いの「気づきにくさ」に直結します。

さて、実際に写真屋の店先で焼き増しを依頼するときに「焼き回し」と言ったら、どうなるでしょうか。
店員さんは、おそらく平然と「焼き増し」をしてくれます。
ここでわざわざ「言葉の間違い」を指摘する店員など、なかなか考えられません。
下手すれば、お客さんを怒らせてしまいますから。
何事もないかのように、話を合わせるのが「大人の態度」です。
そして、それが客にとっては「あだ」となります。

コミュニケーションが成立した瞬間、それは「焼き回し」が通用したという「実体験」となります。
そのことによって、その人の中では「焼き回し」が「正しい言葉」として「定着」してしまうのです。
定着した思い込みは、簡単には直りません。
誰かに笑われて恥ずかしい思いをするか。
あるいは、「焼き増し」と書かれた文字を見て、疑問に思うか。
そのときまで、間違いは続くことになるでしょう。

このように、「焼き増し」を「焼き回し」と取り違えた事例は、はっきり「間違い」だと言えます。
しかし、「焼き回し」の「もうひとつの用法」は、実は微妙です。

それは、「リメイク」の意味で使われる用法。
おそらく、元の形は「焼き直し」でしょう。
過去の作品に手を加えて、もう一度新しいもののように発表することです。

この場合、「焼き増し」とは違って「発音の類似」は理由になりません。
では、「焼き直し」が「焼き回し」になる原因はどこにあるのでしょうか。
これもまた、前述の「使い回し」が大きく関係していると思われます。

焼き回し」の実際の使用例を見ていると、「批判的」な内容が多いことに気づきます。
一度使った素材を何度も再利用することに対する批判です。
批判しているのは、「リメイク」自体ではありません。
安直に素材を使い回すだけの、「手抜き」の姿勢です。

安易な「使い回し」によって実施される「焼き直し」を、批判するための言葉。
そのために、「焼き直し」と「使い回し」を合成した言葉が、「焼き回し」なのではないでしょうか。
そう考えると、この言葉が使われる背景の思想に合点がいきます。

この用法での「焼き回し」に関しては、間違いを指摘する文章などは見られません。
自分が間違っていたことに気付いた、といった反省の文章も見られません。
何の疑問もなく、「実在する言葉」として使っている例が非常に目立ちます。

このような現状を見ると、本当に誤字なのかどうか、よくわからなくなってしまいます。
もはや「新語」扱いしてもよいのかもしれません。
ただし、これが本当に「焼き直し」+「使い回し」の意味として広く理解されるのなら、という前提付きです。
今はまだ、読み手側にそこまでの配慮は期待できません。

[実例]

日本人とは、かくも「別の言葉との取り違え」に弱いのでしょうか。
このような「取り違え」が原因と思われる誤字等の品種を、「取違科(とりいか)」と命名しました。

[亜種]

焼きまわし:15,800件
やきまわし:963件
やき回し:3件
焼き回す:43件
焼きまわす:668件
やきまわす:3件
やき回す:2件

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