ヴァイキング時代

1.ヴァイキングの活動

　８世紀末、西欧に破壊と殺戮をもたらしたヴァイキングの時代が始まる。ヴァイキングは海賊であるとともに交易者でもあり、また西欧、ロシア、ビザンツの王侯の傭兵・親衛隊としても勤務した。
　掠奪だけで暮らすヴァイキングはもともといたわけではなく、多くは農民であったし、初期のヴァイキングの指導者も農民の上層であった。しかしヴァイキングの活動を通じて軍事的指導者、勢力ある階層が成長した。北欧諸国の王権もこの中から生まれていった

　ヴァイキングはノルマン人、デーン人とも呼ばれた（ノルマンの語源は北の人）。ノルマン人の一部はセーヌ川河口地方に定着したので、その地域はノルマンディーと呼ばれるようになった。

　ヴァイキングの語源についてはさまざまな説がある。もっとも良く知られているのは北欧語で入江をさす『ヴィーク』と、人・子孫をあらわすイングの合成語とする『入江の人』説である。北欧の古い用法ではヴァイキングは人（海賊）をさすよりも状態、行為をあらわすことのほうが多い（「ヴァイキングに出かける」など）。
　動詞の「ヴィーキャ（退く、動く、向きを変える）」の派生語説もある。これによればヴァイキングという状態は、生活者の本来のあり方（農民として定着する、所帯を持って落ち着く）に対比して、交易や掠奪といった非定着局面の活動を指すことになる。

　北欧の各地に割拠する豪族たちはヴァイキング時代以前から、北欧内部やバルト海沿岸諸地方での掠奪遠征や、遠くローマ世界での傭兵勤務などを行ってきた。これらの活動は豪族・首長としての富と名声の源であった。ヴァイキング遠征は豪族の指揮のもとに、豪族の家人や周辺農民の子弟を乗組員とした（ということは、ビッケは豪族の坊ちゃんなんですね）。遠征時の最小単位は1隻で、典型的なヴァイキング遠征も1～2隻で行われていた。
　ヴァイキング遠征の当初は夏の初めに出発し、北海、北大西洋が嵐となる冬の前に故郷へ戻っていたが、次第に大きな船団を構成しはじめると、出発先で集合し河口島などの安全な場所で越冬するようになった。テームズ川のサネット、シェピー両島、ロワール川のノワールムーティエ島などはその有名な場所である。

　掠奪・交易の目的は、遠隔地の珍しい品物を入手して豪族としての権威をたかめることと、故郷の農場では不足する生活必要物資の調達であった。掠奪・交易によって得られた品物としては金銀の装飾品、銀貨、ビザンツの絹、西欧のぶどう酒などの奢侈商品・威信財などがあり、また『サガ』などの伝承には小麦粉、麦芽、家畜もあげられている。
　ヴァイキングは進入先で人々を捕らえ奴隷とした。捕虜＝奴隷の一部は身代金と引き換えに解放されたが、多くはイスラム世界などへの奴隷して売られていった。

　以上は北欧に共通する特徴であるが地域差も大きく、ノルウェーでは個別の豪族が自発的に、デンマークとスウェーデンでは王や地域首長の主導のもとにヴァイキング遠征を行っていた。
　また、遠征の対象や方向にも特色があり、特にスウェーデンでは遠距離交易の要素が大きかったと言われる。

　793年のリンディスファーン島修道院略奪が、西欧に記録される最初のヴァイキング襲撃である。このヴァイキングはノルウェー人だったといわれている。以来ブリテン諸島、とくにアイルランドへの攻撃・略奪が毎年のように続いた。799年には彼らはアイリッシュ海を抜けて西フランス、ノワールムーティエ島の修道院を襲った。この島は塩の生産地だった
　8世紀末のノルウェー西部地方は肥沃な土地がほぼ居住し尽くされていたため、新しい土地を求める欲求と、略奪による農場経済の補助を行う必要が強かったため遠くまでヴァイキング遠征を行っていたと思われる。

　ノルウェー西岸からブリテン北部への航路上にはシェットランド諸島、オークニー諸島、ヘブリディーズ諸島があり、ノルウェー人はこれらの島々とアイルランドに入植し、とくにダブリン地域にはノルウェー系ヴァイキング王朝ができた。スコットランド西岸部と島嶼（とうしょ）部、北西イングランドの湖水地方にもノルウェー人の定住を示す地名が多く残されている。12世紀半ばノルウェーのニダロスに設置された大司教座は、スコットランドの北と西の島嶼部およびマン島などアイリッシュ海の島々を管区に含めており、これらの島々は政治的にノルウェーと結びついてい。
　、ヘブリディーズ諸島とマン島は12･13世紀に、オークニー諸島とシェットランド諸島は15世紀にそれぞれスコットランドに帰属することとなるが、住民の文化・慣行・言語特徴には長く北欧の痕跡がとどめられた。

　ノルウェー系ヴァイキングは、大西洋を経路としたためこの方面に当時まだ知られていなかった新しい土地を発見し、入植した。フェーロー諸島の発見・入植に続き、860年ころにはアイスランド島が発見された。発見者とされている3人のうち2人は漂流の結果アイスランドに流れ着いたもので、その1人はフェーロー諸島への移住者で、故郷をおとずれての帰途であったという。アイスランドは870年代から主としてノルウェー人によって植民され約60年間で殖民しつくされたと伝えられる。
　アイスランド人の間でさらに西方に陸地のあることが噂され、「赤毛のエイリーク」は982年にこれを発見して「緑の島（グリーンランド）」と名づけ、植民を指揮した。彼の息子レイヴは1000年ころ、グリーンランドのさらに西方に漂流者の見たという未知の土地を探検し、鮭が泳ぎ、ブドウの自生する土地にいたりヴィーンランド（北アメリカ北東沿岸部だといわれている）と名づけ、植民を開始した。しかし、まもなく北アメリカへの植民は失敗し、またグリーンランドの定住地も先住民であるイヌイットとの衝突や気候の悪化もあって衰退し、1500年ごろには絶滅したといわれている。

　デンマーク人の主な活動方向は南西方面（低地地方、北フランス、東イングランド）および、バルト海南岸沿いに東方（ヴェンド海岸～バルト諸地方）であった。9世紀前半には沿海部とライン、セーヌ、テムズなどの大河流域の修道院や都市を襲撃・略奪しては引き上げていたが、後半になるとこれらの地域を征服し、農民的な定住を行った。東フランクからは撃退されたが、東イングランドと北フランスは彼らのものとなった。とくに、ノルマンディーは独自の君主（ノルマンディー公）をもつ封建国家となり、ヴァイキングの子孫を中心とするノルマン騎士団は、11世紀後半以降イングランドに対する「ノーマン・コンクェスト（ノルマン人のイングランド征服）」やイタリア南部の両シチリア王国建設の担い手となり、また初期十字軍の中核部隊をなした。

　デンマーク人は10世紀末から大集団でイングランドを襲った。ことに1003年以後は双叉髭王の異名を持つ、デンマーク王スヴェン・ハーラルソンの直接指揮で北欧全域からヴァイキングを集め、イングランドの征服を目指した。この征服事業はあと一歩のところでスヴェンが急死し一度は引き上げたものの、息子のクヌーズが再度イングランド征服を行った。これが、イギリス史上のカヌート大王である。カヌートはイングランド王となったあと遠征軍を解散したが、3000人の親衛隊を残し、これを扶養するためアングロ・サクソン農民に租税（デーンゲルド）を課した。デーンゲルドはもともとはアングロ・サクソン王がヴァイキングに支払った退去料であり、この費用を集めるために農民から臨時税として徴収されたものであったが、それが恒常税となったのである。

　スウェーデン人も西方への軍事遠征に参加した。中東部スウェーデンに多数立てられた10世紀末から11世紀のルーン石碑も遠征参加を語っているし、アングロ・サクソン銀貨が多数スウェーデンに出土している。しかしスウェーデン人の主な活動方向は東方だった。中部スウェーデンのスヴェーア人およびバルト海のゴットランド人は早くからヴォルガ川によってカスピ海方面と、ドニエプル川によって黒海、東地中海との間に交渉を持っていた。ラトヴィアのリヴォニア海岸に近いグロービンからは7、8世紀のスウェーデン系定住地跡が発見され、交易上・軍事上の拠点であったと思われる。

　キエフ・ルーシの「ネストール年代記」によれば、9世紀の半ば過ぎスカンディナビアから来たルーシ人がノヴゴロドに支配権を確立し、それが南下してキエフにも政治支配を樹立したといわれる。ロシアの古名である「ルーシ」はスウェーデン人の１グループの名称からきたといわれているが、確かなものではない。それでも、この時代にスウェーデン人のヴァイキングがロシア政治史に少なからぬ役割を果たしていたことは間違いなく、11～12世紀にもノヴゴロド公などの傭兵として用いられたし、コンスタンティノープルの皇帝は北欧人だけからなる親衛隊ヴァランギア隊を持っていた。

　また、東方が主な活動方向だったことを示すものとして、中部スウェーデンのメーラレン湖周辺およびゴットランドに出土する大量のイスラム銀貨は、スウェーデン人が何らかの形で東方交易に関与したことをしめし、若干のイスラム史料もこれを証言している。これらの証言によればスウェーデン人のもたらした主な商品は毛皮と奴隷だったと言われている。

前ページへ　　　　　次ページへ　　　　　目次へ
歴史の部屋へ　　トップページへ

ご意見、ご感想はこちらまで