医 学 生 日 記  

'03年度 五年生/三学期

BSL:老年病内科  わりとおっとり
BSL:老年病内科ー外病院  温泉地で
BSL:神経内科  脳と神経 
救急車スヌーピー  一目ぼれ
BSL:小児科  にぎやか
BSL:眼科  手術最多
BSL:胸部外科  パワフル
BSL:泌尿器科  男性専用科ではないnew
BSL:産婦人科  悲喜こもごもnew

BSL:老年病内科 
まだあまり聞きなれない科だが、ピンポイントに治療中の病気だけを見るのではなく、全体を 専門性を持って診よう、という流れで生まれてきた科。高齢者の特徴として、病気が複数である ことが多いとか、血管等の組織が痛んでいたり免疫力が低下しているといったことの他に、 症状の出方が教科書と全然違うことがよくある。熱や痛みなどがなかったり、意識障害から始まったり。本当に症状が 激しいとか手術するような患者さんは各専門内科や外科などにいるので、割と慢性期のおっとり した雰囲気の人が多い病棟だったのだが、色々話を聞くにつれ、うわ〜それ知らないと怖いなぁ、 と思うことがたくさんあった。

私が担当した患者さんは指導の先生いわく「丁度いかにもこの科らしいっていうような患者さんが 今少なくて〜まあのんびり色々お話聞かせてもらってね〜」・・と言うことでさほど高齢でもなく、 ただインスリン注射と食事療法に慣れる為の教育入院という方で、身体所見を取らせてもらったり 今までした病気を確認したりする合間に世間話や料理についての雑談で盛り上がるという 緊張感0のスタートだった。が。

なんか風邪気味・・?この腫れは昔から?なんだか痛い?薬も食事もちゃんとしてるのに、 なんでこんな検査値?でもレントゲンにもCTにもMRI上問題なし?・・微妙に変・・・・ 先生方もあちこちの科にコンサルト(相談)して、やっぱり何も出ないよね??  組織、病理の先生にも診てもらったし・・・

と、なんだかすっきりしない状態で2週間終わってレポートも出したのだが、気になって他の科で実習中 もずっとカルテを見ていたら、その後かなりしてから、え〜!!というような全然違う病気が 見つかって全然違う治療になっていた。幸い命に関わるものではなかったが。

あれだけたくさんの先生が注意深く検討したのに、隠れてるってあるんだなぁ、それより何であの時 これを疑わなかったんだろう。あの検査結果ですっかり油断したけど、もう一歩突っ込んだ検査方法も 追加してたらあの時点で分かったんじゃ・・・と大変悔しかった。

実はその後の他の科の実習でも「ありふれた疾患だけど・・」と当てられた担当の患者さんに、 どんでん返しを食らわされることが何度もあって(そういう星回りなんじゃないかとまで言われた^_^;)、 どんなに普通そうでも油断できないというのが結構身にしみた。

BSL:老年病内科ー外病院

小さな温泉街のいわゆる老人病院に3日間の実習。ちょっと遠かったので寮を借りて2泊3日の旅。民間の 専門だけあって設備がいい!人手が多い!リハビリが毎日ある!等の他、アメリカ仕込みの先生の話 (及び日本の愚痴)を色々聞ける、カルテの書き方を徹底的に指導してくれるなど目新しいことが たくさんあって面白かった。

実習の時間自体はかなりゆったりで、担当の患者さんひとりのところに行ってはひたすら話を聞いて いたのだが、既往歴などを聞きつつ昔話を聞くと派手な経歴ではなくとも大河ドラマのような 昔の日本映画のようなお話が多くて、かなりそっちの年代モノのお話に熱中してしまった。忙しい 先生方と違って暇な学生はこういうとき気楽。

日常的時代背景も非常に面白かったが、医学的な面でも今ではない治療とその後遺症、聴診したときの特徴など 珍しいことも多く(教科書には載っていない)、手術のときは売血を自分で買って用意したこと、 そのせいでずいぶん肝炎で亡くなった人がいたこと、アメリカからの横流しの特効薬を入手する苦労と いった医療の歴史のお話もいっぱい出てきた。で、聞いていると色々出てきて既往歴が倍に増えた。

当時、"黄色い血"(肝炎ウイルスに汚染された血液の俗称)なんて言いましたもんねぇ〜。 その頃って肝炎にはシジミでしたよね〜。 ストマイのために借金したり大変でしたよねぇ・・。田んぼ売ったりする人もいましたもんねぇ・・。 桂小五郎ってほら木戸孝允。博文候とかあの時代の奥方は花柳界の方が多かったですものねぇ・・。 (←いずれも私のセリフ)等と、相槌打ちながら聞き入ってると「若い(一応患者さんから見れば・・) のによくそんなのご存知ですねぇ。」・・はっ(^_^;)確かに私はトウの立った学生ですが、戦前生まれって わけじゃないんですっっ。思えば妙に臨場感のある記憶が多いのは、寺に集まる明治、大正生まれの 大人達からたくさんの話を聞いて育った私の母(寺の娘)が、それを繰り返し私に話していたため、 個人個人の逸話とともに頭に大量に刷り込まれていて妙に話が通じていたのだった。

カルテ指導はきっちりしていたがだらだら仕事するのは能力の欠如というアメリカ風で5時に追い出 されるので温泉探検に。小さい宿屋、安くて新しい公共の広い浴場もあるのだが私の狙いは「陣屋」。 老舗の由緒ある大きな旅館で将棋の名人戦なんかもするところ。敷地内は広く、巨大な門から奥深く 池や茂みの中、奥に道が続き、森閑とした玄関につくと横からするりと下足番のおじさんが出てくる ようなところ。廊下も部屋もドーンと広くて、贅沢だけどハデじゃなくずっしりしていて、 ぴかぴかに手入れが行き届いていてこれぞ老舗という感じの風格。

入浴のみというのはなかったので夕食とセットで。レストランもこれまたずっしりした天井の高い ほの暗いところで時間が早かったためか高そうな服を着たお客は3組。一番安い手提げ弁当を頼むと 紙袋の手提げじゃなく(^_^;)3段の持ち手つき引き出し重に懐石風のおかずの入っているものでした。 味はまあ普通だったけど。古い建物が好きな自分には周りの窓ワクから天井から構造から興味 深く、一人食事をつつきながらそっちを堪能。

その後お風呂に。露天を含め3つあるのだが古いせいか場所がばらばらで一々服を来て移動しないと いけない。きれいだが古風でこじんまりしている。風情はあるが施設は簡素。それはいいのだが 脱衣場もひっそりと外。お風呂の横にロッカーがひっそりと。この日はこの冬一番の寒さ、という 日で、身を切るような風も吹きコート着てブルブル歩くと言う日。がらっと戸をあけてその寒空の 下のロッカーを見てくじけそうになったが、どぇーい!と気合でそこを通りぬけてお風呂を堪能 しました。貸しきり状態。寒かった分すごく気持ちよかった。

探検を終え旅館を出ると、駐車場に運転手付の黒い車が来て毛皮をふさふさ着込んだオバ様達が 3人、陣屋に入っていった。きっと手提げ弁当とお風呂のみの人達ではないのだろう。

ところで2泊借りた寮は近所のただの2階建てアパートの一室だったのだが、一度も一人暮らしと いうものをした事のない私は、鍵を開けて一間のアパートに帰るというシチュエーションが ちょっとワクワクで、さらにコンビニで夜食とマンガを買って帰ってさらに雰囲気を盛り上げていた。

BSL:神経内科

脳と神経の病気を扱う内科(精神科領域は除く)。最もマニアックであるとか、研究者肌の人が 多いとか言われることの多い科でもある。「診断できても治せない」とも言われていたが、最近は 研究も治療法も進んできて、治る、もしくはコントロールが出来るものが増えてだいぶ事情は変わった といわれている。やたらミクロの先端の研究がたくさん出てくる一方、診断は昔ながらの道具一つで (ハンマー、筆、細い棒などで腱の反射を見たり感覚を調べたり)多くのことを読み取るという 体を触る診察が多くてその熟練技を見るのは大変面白かった。

大学病院なのでごく珍しい病気の人も毎週のようにどんどん入院してくる。そういう意味でも 大学病院ならではの実習ができる科でもある。で、そういう環境なはずだが班の5人に実習を承諾 してくれた患者さんを振り分けたら、最後の私で遺伝性とか原因不明の何とかといった病気が尽きて、 普通の内科でも見かける感染症の患者さんになった。へぇこれも神経内科で見るんだーって感じだった。 しかももう治療が始まっていて、効果も出はじめており、既にあまりすることがなさそうな状態で、 あら、楽そう。この科の実習は資料集めや勉強がものすごく大変と聞いていたので、覚悟してきたのだが 意外とあっさりと始まり、担当患者さんは私の好きなジャンルの職人さんだったのでその話をやたら 聞かせてもらったり♪、他の難しい病気を診ている班員の検査や資料を見せてもらったりして マイペースに進んだ。

でもこれまた実は微妙に検査結果が妙なところがあり、実習も後半になって効いていると思っていた 薬が実は無関係で、あまり関係ないと思われていた薬のほうが主に関わっていたことが分かってきて 診断は一転。全然感染症じゃないし・・。新たにその病気を勉強しなおし、検査を追加し、こういう 症例は他にあるのかとあっちこっちからたくさん資料を集めて読んでいったりで非常に興味深い勉強になった。でも、 思えば最初からカンファレンスごとに教授はじめベテラン陣はしっかり目を光らせていたのだ。 感染症とは思うけど、こっちの影響じゃないの?ほんとにこれが効いてるの?画像ちょっとここ 変だよね。こういうケースもあるとは思うけど、他の文献も見た?という質問を浴びせられている 研修医を見て、チェック細かくて大変だなぁ〜なんて思いながらあまり深く考えてなかった。 考えてるつもりはあったんだけど。

厳しい、細かい、とはいわれていた実習だったが勉強する機会には事欠かないところだった。 また治療や検査の内容などのディスカッションにはどんどん学生も参加するように、 自分も担当医の一人であるという立場で参加するように、学生が(学会の)症例発表した例 だってあるんだから他にも興味のある症例があればどんどん勉強してみるように、という スタンスで個人的にはいい感じだった。(マニアックすぎてついていけないカンファレンス もあったけど・・^_^;)

班全体で言えば、ちょっとしたアンラッキーや不備が重なったため結構地雷を踏み(^_^;) この後私達の班は少々のことではへこまない打たれ強さを手に入れました。行方不明は禁物です・・。

救急車スヌーピー

池袋駅の売店で買った救急車スヌーピー。なかなか細かい作りでとっても気に入ってます。チョロQのように走れます。
通学用のバッグにつけてますが、黒いバッグに良く映えます。

昔娘がマクドナルドのおまけでもらって「これはママに」とくれた外科医の格好をしたスヌーピー人形も 持ってるんだけど、メディカルシリーズを集めようか・・スヌーピーは変装好きなので結構あるかも

小児科

担当患者さんについてカルテを調べたり他の検査や診察を見学したりというのは同じだが、性質上 あまり患者さんに協力してもらうことが出来ないため「参加」する部分がわりとすくない。患者は多く、 重い病気も非常に多く、やることはいっぱいあって先生方も看護士さんも忙しいのだが学生はやや 遠慮がちに暇だったりするのだが、しかし教え好きな先生は多く、個人のやる気しだいでいくらでも 教えてもらえるし楽もできるといった感じだった。

私はもう10年来年がら年中子供達を病院に連れて行ってるわけで普通の診療所には慣れているが 大学病院はそういうところでは見ない珍しい病気や重い病気の子がたくさんいて、子供も大変だし むしろそれと同じぐらいかそれ以上にお母さん、親との関係やケアも大変だといわれる。だから おいそれとぞろぞろ学生が見に行ったりちょっとお腹押させてとか言い出せないのだ。他では よくやる学生の採血も、ここでは絶対にしない。なるべく上手に早く痛くないようにが最優先。

子供いるから小児科?とよく聞かれるけど、小児科はつらいのが先にたってなんか全然やるぞーって モードにならないのでちょっと。若くて経験なくても私なんかよりはるかに子ども扱いがうまくて 優しい人はいくらでもいるし。苦しい闘病、というだけならともかく、もうなすすべがないとか、 進行するだけとか、来年この子はここにいないと分かっているようなケースだって少なくないわけで、 そうなるともう本人よりもお母さんの顔が見ていられない。コントロールに慣れるものかもしれないけど。

学外ではERの文字がやけにデカデカと強調されている某都立病院の小児科外来を見学。何人もの 先生の診察ブースをぐるぐる回りながらひたすら見学。普通の診療所と大学病院の中間的な立場で、 一般的な病気も山ほど見られて、先生によって個性豊かだし皆さん教え好きで山ほど教えてもらえた。

最近は小児科が採算が会わないとか過労死するとかでマスコミの評判は散々なのだが、この大学は 結構小児科の希望者が多く、他の大学からも来ている。すごく忙しそうではあるが、好きじゃな ければこない科でもあるので活気がある。今ひどく忙しいとか待遇がって騒がれてるから、これから いい方向に動いていくはずだよ。だって絶対必要なんだし。と話していた先生がいたが、なるべく早く そうなることを祈る。お兄さんお姉さん先生だけではなくベテランのいかめしい先生まで漏れなく 胸の名札の周りにかわいいシールがいっぱい張ってあってボールペンの先にはキャラクター、そこから プラプラとマスコットが下がっているのがかわいい。

眼科

女医さんも多く、徹夜などもまずないため、おっとりしたイメージだが実はもっとも手術が多くて 大学病院の稼ぎ頭だったり、数ある手術見学の中でもっとも学生が怒られまくって緊張を要するのも この科だったりと結構意外性もある科なのだった。

とは言っても普通に見学したり、眼を洗う手伝いをしたり顕微鏡手術の顕微鏡を覗かせてもらう分には 何も問題はないのだが、非常に細かい作業なのでうっかりひそひそ話をしたりうろうろ動いたり すると大変邪魔になるらしい。初めのほうに回った班から「術中は動くなしゃべるな」という情報が しっかり回ってはいたが。

一番多い手術は白内障の手術で、白く濁ったレンズを超音波で砕いて吸引し、人工のレンズを装着するもの。 術者は顕微鏡にはりつき、見学者はスクリーンで見ている。白内障の眼は薬で瞳孔を開いても普通の人 ならよく見える眼底は白く濁ったレンズに阻まれてほとんど見えない。その濁った白いものが ぷるぷるぷるーと細かくなって吸い込まれるとすっきり!といきなり見通しが開けてきれいな眼底が見える。 そこにひょいっと人工レンズを装着すると見違えるような透き通った目になるので、実に結果の分かり やすいすっきり感のある手術だ。視力が即よくなるのでとても喜ばれる手術とのことだった。 また、この破砕吸引の機械は作動中音がするのだが、その音が大変個性的で出力に応じて音の高さがかわり、 うにょ〜ん♪じょんじょんじょんぴろぴろ〜♪という脱力系の音。したがってそれぞれの手技のクセなどで 先生ごとにメロディーがちがっておもしろい。

しかしすっきりとはいかない眼の病気も他にたくさんあって、なにより視力を失うというのはその後の 人生にも極めて影響が大きいだけに、なかなか重いケースもままあるのだった。私の担当患者さんは一つ 残った眼の視力を何とか回復させる、つまり失敗するとほぼ全盲になるリスクもあるというケース だったので手術がうまくいって本当にほっとした。

その他、目医者さんでもおなじみの目を見る機械を色々使っての診察などを教わったり見学したり。 教授回診も、機械が要るのでベッドを回る形式ではなく診察室に患者さんがやってくる形式。 それにしてもつくづく目ってきれいで高性能ですごいなぁ・・。

胸部外科

心臓グループと肺グループ。ドラマで外科医といったら天才心臓外科医だったりして派手なイメージ だが、実際も派手、というかハード。実習期間は他より短い1週間なのだが10時間を越える手術が多か ったりお昼ごはんを食べられないことが多かったりで実質量は同じぐらい。先生方も忙しい割には 学生に手をかけてくれて手術に入るし(ちゃんと手洗いして)、カンファレンス(患者とその治療 などについての会議)で担当患者の発表をかなりしっかりしなければならないのでその準備が いっぱいだったり、病棟でもなんだかんだと教えてくれたり、色々な先生の諮問やレクチャーが あったりで好きな人にはとても面白い。

面白いが男子学生にはかなり厳しい面もあって雷を落とされることもしばしばだったりするのだが、 女子学生にはしごく優しい。女の子が好きというより(いやそれもあるだろうけど)女子学生は どうせ来ないからと完全お客さん扱いといったほうが正しいかもしれない。今は内科でも他の外科でも 泌尿器科でもどこにも結構女医さんはいるし手術もしているが、初めて女医をまったく見ない科 だった。補助心臓という心臓の働きを助ける機械のセミナーがあったので出たのだが大きい講堂に 学内学外の胸部外科医がひしめいていたが見事に男の世界だった。

が、聞いてみたらこの大学にも一人だけまだ若い女医さんがいるとのことだった。 さらに聞くと出身高校が同じだった。私の出身高校を聞いた先生が「へぇ〜君の先輩だよ!」 ・・・「先輩」じゃないと思う・・(^_^;) 

いくつか入った手術のうち7時間の予定だったのが急変が続いて15時間になったのがあったが 何せ緊迫してたので疲れたとか飽きたと思う暇もなかった。手洗いはしてなかったので 周りをうろうろしながら見ていたが人工心肺などの大きな機械を接続する時って、○○接続します! ○○off!○○40%!・・・80%・・・と、なんかコックピットのようだった。こんな機械の操作 まで覚えるのか大変だなぁと手が開いてそうなときにごにょごにょ質問して教えてもらったり していたのだが、10時間ぐらいしてそれが臨床工学士という職業の人達だと気づいた。 医師と同じ服を着てたので全然分からなかった。授業でそういう人が何してるかなんて習った こともなかったし。

泌尿器科

世間的には”男性生殖器”のイメージが強い科だが、感染症や精巣、前立腺疾患だけでなく、 膀胱癌や腎癌、各種頻尿や小児の尿路奇形など老若男女を扱う科。そして内科領域も外科領域も どっちも扱うという専門的でありながら広くてなかなか面白い科なのだった。そして先生達も なんだか陽気で面白い人が多い・・様な気がした。検査も様々で、色々な画像診断を使うので これも大変面白い。

高齢男性で圧倒的に多かったのは前立腺肥大と癌。前者に関しては年を取れば多かれ少なかれ必発 といってもいいぐらいの加齢変化といえる。そして前立腺癌も非常に多く、命取りになる人がいる 一方、進行がゆっくりで死ぬまで気付かない、解剖して初めて気付くような隠れたものも多い。 最近は検査によって見つけてしまうことも増えてきたのだが、年齢と状況によっては治療しないで ほうっておく(経過観察だけ)という選択肢もありで、これがなかなか悩みどころだった。癌がある けど多分大丈夫だからほっときましょうか?って言われても怖いだろうし、かといって必要のない (かもしれない)治療や手術もイヤだろうし。

手術など治療で生殖機能が損なわれる、というのも年齢がそんなにいってない人にとっては 大きな悩みどころになると思うのだがその辺も個人の考え方によるところが大きいし。まだ初老で癌が見つかってとりあえず 心配のない状態ではあったが、気持ち悪いから切っちゃいたいという希望の患者さんにお話を 聞いていたときに「いや、機能っても、だってこの年ならもういいですよ〜そうでしょう?ねぇ?」 ・・・・うーん、ねぇ?と言われてもどうリアクションを取ればいいんだか。(^_^;) ええまあ色々なお考えの方がいますし(^_^;)等と答えたけど。

前立腺は一昔前までは手術できない領域、といわれていたらしいがとにかく手術のときの 出血が多い。大きな動脈があってそこから血がビューっと出るというのは他の臓器でもよくあるが、 これはかえってその動脈をしっかりとめればいいので対応の仕様があるのだが、前立腺は網の目の ような静脈の塊がたっぷり絡み付いていて、きわめて止血がしにくいのだ。どす黒い静脈血が じょわじょわじょわじょわ湧き出してくるという出血の仕方が独特で、見学した手術の中で もっとも輸血が多くて血のにおいのする手術だった。でも最近は事前に少しづつ分の血液をとって ためておいてそれを使うので輸血もかなり安全にはなったが。

ところでこのやっかいな網の目静脈の名前が「サントリーニ静脈叢」というなんだか優雅な名前で 聞くたびにエーゲ海とか大聖堂なんかが浮かんでしまう。なんでサントリーニなのか調べたけと 分からずじまい。医学の神様とか医学の父といわれるヒポクラテスの島はお隣のコス島だし・・ サントリーニ博士がいたんだろうか。それともサントリーニ火山みたいに噴火するってこと??

他には腎臓を摘出する手術でミニマム創といわれる割と新しい手術が得意技らしく、見る機会が 多く面白かった。腎臓は消化器などのさらにその奥の背中側にあるので、そこにたどり付くためには お腹を大きく切って内臓を持ち上げなければならないため、入院している患者さんの古傷などでも よく40センチぐらいあるような長い逆「し」の字の創を見かけるのだが、それをわき腹の10センチ ぐらいの創から器具を突っ込んで奥のほうは内視鏡で見ながら処置して引きずり出す、というもの。 まるっきりモニターだけが頼りの内視鏡手術と、直接眼で見る手術の中間的なやり方。見学してると 何も見えなくてつまらないか、というとそういうわけではなく、モニターで見るのでかえってよく 見えて勉強になる。ただ、ドアップなので解剖を勉強しておかないとわけが分からなくなるが。

産婦人科

病気を扱う婦人科とお産を扱う産科。死の恐怖や不妊の苦しみと戦う人と、もっともおめでたい 誕生の幸せを噛み締める人の混在する、もっとも悲喜こもごもの科ともいえる。学生にとても強い 印象や感動を与えるお産だが、ここの大学病院はとてもふつうのお産が少ない。年間300件ぐらい。 ただのお産なら普通の産科病院でもいいわけで(そして個人経営の病院はすごくきれいだったり サービスがよかったりする。そりゃもう全っ然違う。)、極めて子供の状態が悪いことが予想される、 と言う場合はNICU(新生児特定集中治療室)のある専門家のいる病院がいいのだが、ここには NICUがないので、そういう人はよそに送ってしまう。おまけに自然なお産は夜や明け方が多いので 学生が普通分娩にあたる可能性はかなり低いのだった。その分数日関連病院に行ってそこで見て くる場合が多い。

産科と病室が一緒にならないようにしてあるが、一方は癌や腫瘍、子宮内膜症といったまったく 違うムード。心配のない良性腫瘍でも手術は不安なものだし、また切って病理検査してみないと 悪性かどうか分からないケースも多い。すでに癌が進行してやつれきった化学療法中の人もいる。 男子学生が自分には無理だ〜メンタルな部分でも分からないことが多すぎてきっと自分じゃ勤まら ないよ〜といっていたりしたが、確かに大変だとは思う。でも必ずしも同性ならうまくいくって もんでもないだろうし、むしろ男の先生がいいって人もいるし個人の問題だろうけど。

その他に高度な技術を使うものでは人工授精、体外受精といった不妊治療。麻酔を使うとはいえ 卵の採取などはとてもつらそうで、受精卵を戻す時も本当に(頼むからうまくいって〜)と 祈らずにはいられない。心身の負担の大きさ、経済的負担の大きさ、成功するまで出口の見えない この種の治療の苦労は言葉にし尽くせないものがある。

ところで教授回診と言うのがどの科にもあるのだが、昔のドラマみたいな恐ろしげなものではなく 「○○教授の総回診です」なんて放送はないし、結構列もばらけてるし、えらい順に並んでる わけでもないし、教授室に総出でお迎えに上がって出発するわけじゃなくて病棟ステーションに わらわら集まってからじゃあ行きますかって感じで出発するし、他の仕事で参加できない人は いないし、前列には学生がいるし看護師もノータッチで自分の仕事をしている。担当の研修医は 的確に報告をしなければいけないのでカルテもって一生懸命はりついているが、それ以外は そんなにむやみやたらとぴりぴりしているわけではない。

しかしこの科だけは唯一、先導の看護師がいて、教授も重厚な雰囲気をたたえたタイプだった。 実際は学生に色々教えたり話しかけたりしてはいるのだが見た感じがかなりそれっぽく、そして おりしもちょうどこの実習の頃に「白い巨塔」というドラマをやっていたため 回診で行った先々で患者さんやその家族の(おおっ来た来た来た〜!!)(生の回診だ〜) (これがあの!)という視線をいやというほど感じた(^_^;)

30年前のリアルな小説である「白い巨塔」を、現代にアレンジしてのドラマでも回診の仰々しさは 全然変わっていなかったが、モデルの大学は今もそうなんだろうか?


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