2004.01.08

誤字等No.014

【ヒール・アンド・トゥー】(外誤科)

Google検索結果 2004/01/08 ヒール・アンド・トゥー:589件

久々の外誤科。今回は、「ヒール・アンド・トゥー」を取り上げます。
車の運転を趣味としている方や、カーレースに詳しい方ならご存知でしょう。
右足の踵(かかと)と爪先(つまさき)を使って、アクセルとブレーキを同時に操作するドライビング・テクニックです。
表記には、最後の長音記号を省いた「ヒール・アンド・トゥ」、間に中点を入れない「ヒールアンドトゥー」、「アンド」を記号化した「ヒール&トゥー」といったバリエーションもあります。
さて、この言葉、何が間違っているのでしょうか。

原語を考えてみましょう。「ヒール」は「heel(踵)」です。靴やサンダルなどの踵部分を示す言葉としても、定着しています。
アンド」は「〜と」を表す「and」ですね。
一方の「トゥー」は何でしょうか。意味を考えれば、残っているのは「爪先」です。
爪先は、英語で「toe」と綴ります。
この英単語の発音をカタカナで表記するならば、「トー」です。「トゥー」ではありません。
すなわち、本来の発音は「ヒール・アンド・トー」なのです。
英単語をカタカナで読む時点で無理があるのは確かですが、少なくとも「トゥー」などという発音は入りません。

同じ「toe」という単語を使った言葉には、バレエで爪先立ちするための靴「トーシューズ」や、サッカーや格闘技で爪先を使って蹴る「トーキック」などがあります。
これらも、「トゥーシューズ」や「トゥーキック」という表記が多用されています。

トー」を「トゥー」と表記・発音する変化は、「インストゥール」とも共通します。

これだけ多発するのには、何らかの理由があると考えるのが自然です。
その理由とは何でしょうか。

ひとつには、「その方が外国語らしく聞こえる」という点があげられます。
もともと、日本語の発音系には「トゥ」という音は含まれていません。
外来語を発音する際には、日本語にない音を使った方が「本来の発音」に近くなると勘違いする人がいても不思議ではありません。
しかし、それだけでは理由としては弱いです。
他にどんな背景が考えられるでしょうか。

以下、私なりに考察してみました。
これには、日本語独特のいくつかの特性が関わってきます。

日本語の「かな」は表音文字として、ひとつの文字がひとつの発音に対応しています。
五十音表では、同じ子音を持つ音を「行」としてまとめているのですが、例外もあります。
中でも「タ行」は、「タ(ta)」「チ(chi)」「ツ(tsu)」の子音がすべて異なるという特殊な行です。
従って、「タ」と同じ子音を持つ「ウの段」の音、すなわち「tu」を表す文字は存在しないのです。
そこで、先人は仕方なく「トゥ」という表記を編み出しました。
しかし、ここに大きな問題があったのです。

一般的に、日本語には「オの段」の音を伸ばすときには「ウ」を使って受ける習慣があります。
例えば、「棒」という漢字の読み方は、発音上は「ぼー」であっても、表記する際には「ぼう」となります。
「ぼお」とはなりません。
「王様」にふりがなを振るならば、「おおさま」ではなく「おうさま」となるでしょう。
そのため、「toe(トー)」を長音記号を使わずにカタカナ表記すると、「トオ」ではなく「トウ」になるのです。

そしてもうひとつ。日本語には「ア行の小文字(ぁぃぅぇぉ)」を使って長音を表記する手法があります。
「さぁ」「ねぇ」「ふぅ」など、どちらかといえば、伸ばす音の方を弱く短く発音する雰囲気が感じられます。
この表記を使って「toe(トー)」を表すと、どうなるでしょうか。
そう。「とぅ」になるのです。
困りました。「tu」の音を示す「トゥ」と、見分けがつかなくなってしまいました。

このようにして、「トー」という発音を表記したはずの「トゥ」が「tu」の発音と混同され、さらに長音であることを明示するために「トゥー」と変化していったのではないでしょうか。
これを実証するかのように、変化の途中段階を含めた「トー」「トウ」「トゥ」「トゥー」は、全て実際に使われています。
例えば、「トーシューズ」「トーキック」でパターンを検索してみると、このようになります。

トーシューズ:356件
トウシューズ:3,790件
トゥシューズ:2,930件
トゥーシューズ:411件

トーキック:1,910件
トウキック:468件
トゥキック:475件
トゥーキック:411件

いずれのパターンも、無視できない勢力を備えています。
しかも「トーシューズ」に至っては、誤字の方が圧倒的に優勢です。

他の理由としては、日本語には存在しない「子音だけの音」に由来することも考えられます。
「cat」を「キャット」と発音すると、いかにも「カタカナ発音」になります。
これを嫌って、無意識のうちに「ト」の代わりに「トゥ」を選んでいるのかもしれません。
しかし、だとすると「アンド」の「ド」に抵抗しないのは不思議です。

いずれにせよ、日本人が外国語の発音にいかに苦心しているかが、よく分かる言葉ですね。

[実例]

日本人とは、かくも「外国語の発音」に弱いのでしょうか。
このような「外国語の発音」が原因と思われる誤字等の品種を、「外誤科(がいごか)」と命名しました。

[亜種]

ヒールアンドトゥ:970件
ヒールアンドトウ:358件
ヒール&トウ:3,220件
ヒール&トゥ:3,830件

※ 2004/08/09
「目安箱」より、このようなご意見を頂きました。

あの・・・・ヒールアンドトーって、確かに toe ですが、発音はトウですよ?
http://dictionary.goo.ne.jp/voice/t/00090300.wav
英語には日本語みたいにスラーっと伸ばす音はないです。ですからトーにはなりませんよ。
あくまで「トゥ」、もしくは「トウ」が正しいはずです。3歩くらい譲ったとして、
「トーゥ」あたりでしょう。

私はあなたが間違っていると思いますよ。

上記の発音、私には「トーウ」と聞こえました。
でも、それと「トゥ」じゃ、全然違うと思うんですけどね。
「トウ」は間違っていない、という主張なら理解もできますが、「トゥー」を誤字とする私が「間違っている」という主張は、「はてな?」です。
この方は、「to」や「two」をどのように表記するのでしょうか。「ツー」ですかね?
なんとも不思議なご意見でした。

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