2005.01.20

誤字等No.127

【不詳の息子】(誤変科)

Google検索結果 2005/01/20 不詳の息子:503件

今回は、匿名希望さんからの投稿を元ネタにしています。

誤字等の客間」に並べた投稿作品の中でも人気の高い一品、「不詳の息子」の登場です。
自分の息子なのに「不詳」とは、いったいどんな事情が…?
と、いろいろなストーリーが想像できるあたりが人気の秘訣のようです。

生き別れてしまい、もはや生死すら不詳となってしまった息子?
いつのまにか家族に入り込んでいた、正体不明の不気味な息子?
このキーワードだけで、二時間ドラマが一本作れそうです。

そんな状況で使われている可能性も捨てきれませんが、無論、ほとんどはただの誤変換でしょう。
きっと、「不肖」と書きたかったに違いありません。

立派な親とは比較にならない放蕩息子を示す言葉としてよく使われる表現が、「不肖の息子」です。
他にも、立派な先生に師事しながら才覚をあらわさない弟子を「不肖の弟子」と呼んだりもします。
他人を揶揄するために使うこともあれば、自分自身に対して、謙遜のために使うこともあります。
不肖の身ながら」「不肖、私めが」などの言い回しを好む人、いますよね。

この「不肖」、未熟で愚かなことを示す言葉です。

しかし、「」は本来、「似る」という意味を持つ漢字です。
人の顔を描いた絵が「肖像画」と呼ばれるのは、そのためです。
すなわち、「不肖」を文字通りに解釈すれば、その意味は「似ていない」こととなるはずです。
不肖の息子」とは、単に「親に似ていない息子」という意味になるのではないでしょうか。
そこに「愚かな」という意味が加わるのは、なぜでしょう。
凡人の親から天才の子供が産まれたって良いはずです。
なぜ、「似ていない」だけで責められなければならないのでしょうか。

ここには、比較対照である「」がことごとく「立派」であるという、暗黙の前提があります。
背景には、「」というものはすべて尊敬されるべきものである、といった思想でもあるのでしょうか。

あるいは、親と子を比較するという場面自体に原因があるかもしれません。
そのような場面が話題となるのは「親より子が劣ることを嘆く」状況であることが多いとすれば。
いつのまにか、「親に似ていない」ということ自体にマイナスイメージが定着することもありそうです。

さて、この「不肖の息子」という言葉。
上記のように「立派な親には似ても似つかない」という意味が入ります。
そのため、「あいつは不肖の息子だ」と言えば、間接的にその親を誉めていることになります。
自分自身を指して「不肖の息子です」と言えば、自らの親を称えていることになります。

では、自分の息子に対して、「こいつは不肖の息子で…」と言ったら、どうなるでしょう。
「俺様はこんなに偉大なのに、この息子ときたら全然似ていない愚か者だ。」
結果的に、「自分」を称賛するセリフとなってしまいました。
なんと尊大で、高慢な態度でしょうか。
実際よく見かける表現ですが、知らずに使ってしまうとかなりの恥をかくことになりそうです。

もうひとつ、注意した方が良さそうなことがあります。
自分だけでなく親を含めて謙遜するつもりで、「私は、親に似て不肖の息子で…」などと言ったら。
ここまで読んだ方なら、それがどれだけ矛盾した言葉か、お分かりですね。

さて、「ふしょう」には他にも同音異義語があります。
匿名希望さんから「不詳の息子」と一緒に投稿して頂いた「不祥」もそのひとつ。
不祥」とは、縁起が悪い、不吉、といった意味の言葉です。
では、「不祥の息子」とは、いったいどんな息子なのか?

何をやっても不運がつきまとい、失敗ばかりの哀れな息子?
身内に不幸をもたらし、家族を苦しめる悪魔のような息子?
これもまた、色々な物語が浮かびそうです。

他に、「不承の息子」というパターンもあります。
これも、検索してみると誤変換と思われるページが結構目立ちます。
文字通りに解釈すれば、言っていることを聞き入れてくれない息子、となりますね。
親の言うことを聞かなくなった、反抗期の子供でしょうか。

ついでにもうひとつ、「負傷の息子」は…
ええと、これは別に、誤字じゃないですね。
お大事に。

[実例]

日本人とは、かくも「誤変換」に弱いのでしょうか。
このような「誤変換」が原因と思われる誤字等の品種を、「誤変科(ごへんか)」と命名しました。

[亜種]

不祥の息子:65件
不承の息子:302件
不詳の娘:53件
不祥の娘:51件
不詳の弟子:85件
不承の弟子:12件
不祥の弟子:303件

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