2005.03.26

誤字等No.133

【Dバッグ】(外誤科)

Google検索結果 2005/03/23 Dバッグ:4,340件

今回は、「太田」さんからの投稿を元ネタにしています。

とある通信販売のサイトで、商品紹介の文章中に「Dバッグ」という言葉がありました。
並んでいる商品写真は、いわゆる「背負い袋」です。
リュックサックDバッグ)」と並べて書いてあるところから、「Dバッグ」は「リュックサック」の「同義語」として扱われているようですね。

ところで、この「D」は何を意味する言葉なのでしょうか?

いつの頃からか、「背負い袋」を「デイパック」と呼ぶ人が増えてきました。
以前は「リュック」や「リュックサック」と呼ぶことが主流だったように思えるのですが、変わってしまいました。

リュックサック」は、ドイツ語に由来する外来語です。
一方の「デイパック」は、英語の「day pack」をカタカナ読みしたものです。
英語としての意味は、「日帰り用の荷物を入れる背負い袋」といったところでしょうか。
確かに、意味するところは「リュックサック」とほとんど同じです。

ここで疑問になるのは、なぜわざわざ英語にする必要があるのか、ということです。
日本人にとって、英語以外の外国語は、切り捨てるべきものなのでしょうか?

このような「歪んだ英語崇拝思想」の影響と思われる事例は、「談話室 14」でもご紹介しました。
英語 (正確には「米語」と呼ぶべきか) だけを無思慮にありがたがる姿勢から生まれたとしか思えない、「カロテン」なる新語です。

ドイツ語の「karotin」に由来する「カロチン」を否定し、英語の「carotene」に鞍替えしたことが、「カロテン」という言葉の発祥らしいです。
しかし、「carotene」自身は「カロテン」なんて読みません。
カタカナで書くなら「カロティーン」あるいは「キャロティーン」といったところでしょう。
かえって、「カロチン」の方が近いのではないかとさえ思えます。
carotene」を「カロテン」と読むのは、「thirteen (サーティーン)」を「サーテン」と読むようなもの。
あるいは、「team (チーム)」を「テム」と読むようなもの。
そんな「変」な読み方をしておいて、「これからは英語の時代」だなんてよくも言えたものです。

このように、最近の「英語偏重」思想には、妙な「矛盾」が見られます。
それは、「実は、英語自身も軽視されている」こと。
英語以外の言葉から生まれた外来語を拒否し、すべてを「英語由来」に変えたがるかと思えば、その「英語」自体の扱いが実に「でたらめ」なのです。

[注] 「カロテン」の由来については、情報を頂きました。「談話室 17」でご紹介しています。

これと同様の現象が、「day pack」についても発生しています。
英語での表記が「day pack」であることなど気にもかけず、勝手な変化をさせる人のいかに多いことか。
リュックサック」をやめてドイツ語を否定したかと思えば、英語の「day pack」も尊重する気などまるでない状態。
「正確な表記」などに全く関心がないのではないかと思えるほど、そのバリエーションは拡大しています。
これを「でたらめ」と言わずして、何と呼べばよいのでしょう。

そんなバリエーションの中に、今回の表題「Dバッグ」も含まれています。
デイパック」が「Dバッグ」になるには、二段階の変化を経由しなければなりません。

ひとつめの変化は、「パック (pack)」から「バッグ (bag)」への遷移です。
もともと日本人は、外来語の「濁音」や「半濁音」の扱いが極めて苦手です。
dog」を「ドック」と読んだり、「bed」を「ベット」と読んだりすることなど、日常茶飯事。
「かばん」を意味する「bag」を「バック」と発音することも、ごく普通に行われています。
そんな日本人ですから、「パック」を「パッグ」や「バック」などに変え、さらに「バッグ」にまで変えることも難しくありません。
こうして、以下のようなバリエーションが誕生しました。

デイパッグ:155件 … day pag?
デイバック:3,790件 … day back?
デイバッグ:12,000件 … day bag?

デイバッグ」の圧倒的な件数を見れば、「bag」だと確信している人がたくさんいることは間違いありません。
一般的に、日本人にとって「バッグ」とは「袋状の何か」を指す言葉です。
当然、「背負い袋」も「バッグ」の範疇に入ります。
そう考えれば、「day bag」こそが正しい表記であると信じる人がいるのも無理からぬことでしょう。
「英語」ではなく「外来語」として考えるのなら、「デイバッグ」には妥当性があるとも言えます。

次は、「デイ」から「D」になる変化です。
これには、複数の道筋が考えられます。

ひとつは、「Day」の頭文字として「D」を使っているというもの。
しかし、たった三文字しかない単語をわざわざ省略する理由はあるのでしょうか。
前半の「デイ」だけを英語にする必要性も、まったくもって不明です。
もっとも、世間的にはそれほど奇妙なものでもないのかもしれません。
「boston bag」を「Bバッグ」と表記したり、「waist pouch」を「Wポーチ」と表記したりする例もあるようですし。

Dパック:625件 … d pack?
Dパッグ:28件 … d pag?
Dバック:4,300件 … d back?
Dバッグ:4,340件 … d bag?

次は、「デイ」から「デー」への変化を経由したもの。
曖昧な発音であれば、「デイ」も「デエ」も、長音化した「デー」と区別がつかなくなります。
他人が発話した「デイ」を「デー」として聞き取る人もいることでしょう。

デーパック:773件 … d pack?
デーパッグ:1件 … d pag?
デーバック:628件 … d back?
デーバッグ:291件 … d bag?

D」を「デー」と読む人なら、この状態から「Dパック」を連想することはたやすいもの。
その反対に、「Dパック」をカタカナ読みして「デーパック」になる人もいそうです。

デイ」から「D」へのもうひとつの道は、「ディ」を経由したもの。
日本人の中には、平仮名やカタカナを「小文字」にしたがる人がいます。
デイ」のように「長音化」が可能な発音であれば、特にその傾向が強まります。
そんな人たちであれば、「デイパック」は当然「ディパック」に変えてしまうことでしょう。

ディパック:12,500件 … dipack?
ディパッグ:58件 … dipag?
ディバック:625件 … diback?
ディバッグ:3,530件 … dibag?

驚きました。「ディパック」の件数は、「デイバッグ」をも超えています。
これが「最有力」だとは、思いませんでした。
ディバッグ」は、コンピュータプログラムの不具合を取り除く「デバッグ (debug)」と誤解されそうですね。

表記が「ディ」でも読みは「day」のまま、という段階もあるでしょう。
しかしいずれは、その読みも「di」へと変わります。
di」になった変化がさらに進めば、読みも表記も「ディー」へとたどり着きます。

ディーパック:519件 … dee pack?
ディーパッグ:3件 … dee pag?
ディーバック:1,680件 … dee back?
ディーバッグ:3,220件 … dee bag?

D」を「ディー」と読む人なら、この状態から「Dパック」への変化が可能です。

他にも、妙な伸ばし方をした「デイーパック」や「デェバッグ」なども見つけることができました。
そのいくつかを「亜種」の項でご紹介します。

「外国語」は、英語だけではありません。
そして、日本に輸入された「外来語」の語源も、英語だけではありません。
「英語を使うこと」だけが「国際化」だと思ったら、大間違いです。
ましてや、「英語風」なだけで実際はでたらめな言葉を使っているようでは、「国際人」になどなれるはずもありません。
「英語」だけをありがたがりながら、実際には英語そのものにも関心を持たないという奇妙な風潮。
リュックサック」を「Dバッグ」と呼びたいなら、そのあたりをもう少し考えてからにしてはいかがでしょうか。

[実例]

日本人とは、かくも「外国語の発音」に弱いのでしょうか。
このような「外国語の発音」が原因と思われる誤字等の品種を、「外誤科(がいごか)」と命名しました。

[亜種]

デイーパック:14件
デイーバック:2件
デイーバッグ:2件
デェバッグ:2件
DAYバッグ:31件
DAYバック:326件

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