2004.08.17

誤字等No.105

【うる覚え】(平誤科)

Google検索結果 2004/08/17 うる覚え:8,520件

今回は、匿名さん他たくさんの方から頂いた投稿を元ネタにしています。

うる覚え」は、前回の「完壁」に続き、「客間」からの採用リクエストが多かった誤字等です。

確かによく目にする誤字ではありますが、どちらかと言えば「誤字であることを話題とする場面」に出会うことの方が多いという印象があります。
検索結果として表示されたページも、「誤字であること」を指摘する内容が非常に目立ちます。
その特性は「ふいんき」に類似し、両者ともそれだけ「有名」な誤字等であると言うことができます。

本当の表記は、「うろ覚え」。
その意味は「ぼんやりとした、はっきりしない記憶」のことです。
まさに、その「うろ覚え」という言葉自体が「うろ覚え」状態になった結果が、「うる覚え」という誤字等につながっていることになります。

うろ覚え」の「うろ」は「不十分」「不正確」などの意味を表す接頭語ですが、「うろ覚え」以外の用法は知られていないように思えます。
そういった「意味不明」さは、「うろ覚え」という言葉自体をうろ覚えにする一因となります。

接頭語としてではなく単体の言葉としてとらえれば、「うろ」は「」「」「」などと表記され、文字通り「空っぽ」の状態を指します。
本人は覚えたつもりであっても、その実は空虚な記憶となっているものが「うろ覚え」である、といった考え方も可能となるでしょう。

それでも、この「うろ」という言葉自体、現代日本語での使用頻度は決して高くありません。
うろ覚え」以外では、樹木に開いた穴を、木の「うろ」と表現するときに使われるくらいのものではないでしょうか。
同類の言葉である「うつろ」の方が、「うつろな瞳」などの用例で使われる機会が多いかもしれません。

このように「うろ」が「馴染みのない言葉」であるからこそ、「うろ」だか「うる」だかよく分からない、という人が出現することになります。
別の言い方をすれば、「うろ」だろうと「うる」だろうと「よく分からない言葉」であることにかわりはないので、「どっちでもいい」といった感覚になるのでしょうか。

とはいうものの、「うろ」という言葉の意味が分からなかったからといって、それが「うる」に変化する理由にはなりません。
ここでは、その過程を推察してみましょう。

うろ覚え」を「うろ」+「覚え」に分解せず続けて読むと、その発音は「うろーぼえ」となります。
一方で、この言葉を使う人は後半が「覚え」であることを知っています。
記憶に関する言葉であることには自信を持っていますので、そこに疑いはありません。

ところが「うろーぼえ」のように「長音化」してしまうと、「覚え」の部分がぼやけてしまいます。
そこで「」を「」に変えれば、長音化を防ぎ、「覚え」の部分を明確にすることが可能となります。
こうして生まれた「うるおぼえ」は、読みに違和感がなく、後半の「覚え」が確立されているので意味にも不都合がありません。

ここで問題になるのは、「」の代わりとして何故「」が選ばれたかということです。
これは、日本語の特性から説明を試みることができます。

日本語では、「おー」という長音がしばしば「おう」に変化します。
このあたりの区別を苦手とする人がいることは、「そのとうり」で述べた通り。
このような人は、「うろーぼえ」を「うろうぼえ」と発音したくなるはずです。
(この表記も、わずかですが実在します)

しかしこれでは後半が「うぼえ」となりますので、全く正体不明な言葉となってしまいます。
前半は「うろう」と読みたい、しかし後半の「うぼえ」は違う。
この無意識の葛藤が、「rou (ろう)」の「o」と「u」を入れ替え、「ruo (るお)」とする変化を誘発したとしたらどうでしょう。
言葉は「うる」+「おぼえ」となって、「自然」に感じえられるようになります。
このようにして「」が使われるようになり、「うる覚え」は一大勢力を築くに至った、というのが第一の仮説です。
(あまり説得力はありませんが…)

続いて、もう少し簡単な仮説を。
」と「」は、形の良く似た平仮名です。
うろ覚え」と書かれた文字を見て、それを「うる覚え」と読み取ってしまう人がいても不思議ではありません。
特に手書きで書かれた雑な文字であれば、その可能性は高くなることでしょう。
こうして「うる覚え」という勘違いが生まれ、やがて広がっていった…ということは考えられないでしょうか。
これが原因であれば、「似字科」の誤字等となりますね。

さらに、第三の仮説。
うるおぼえ」と「うろおぼえ」を早口で発声してみると、その発音が非常に近いことが分かります。
正しく「うろおぼえ」と発音していても、人によってはそれが「うるぉーぼえ」と聞き取れるかもしれません。
(「るぉ」は、「るお」を一拍で読む感じを表現したものと思ってください)
その状態から「うるおぼえ」へとつながる変化は、それほど不自然ではありません。
こうして、誰かが発した「うろ覚え」という言葉が、別の人に「うる覚え」として伝わります。
反対に、「うるおぼえ」という発声をした人がいたとしましょう。
これもまた、「」の部分で発音を切らない限り、「るお」を続けて読めば「ろー」へと変化します。
その結果、「うるおぼえ」と言っているにもかかわらず、それが「うろおぼえ」として伝わります。

すなわち、合っていようと間違っていようと、互いに「自分が正しいと思う発音」で聞き取ることができるのです。
そのため、自分と他人が「違う言葉」を使っていることに気づかず、また指摘もされず、間違いが定着してしまうことになる、ということが考えられます。

以上、強引ではありますが、「うる覚え」の生まれた経緯を推理してみました。
現実には、「売る覚え」と変換して何の疑問も感じないような言語感覚の持ち主もいますので、単に「何も考えていない」だけなんでしょうけどね。

ところで、「うろ覚え」から生まれた誤字等には、もうひとつ「うら覚え」があります。
件数は「うる覚え」に及びませんが、そこには興味深い特徴が見られることがあります。
それは、「裏覚え」という表記に自信を持ってしまっていること。
「表の記憶ではない、裏の記憶」といった解釈で、納得してしまっているようです。
これは「うろ」と「うら」を取り違えた、取違科の誤字等と言えるでしょう。

「納得」してしまっている分、「うる覚え」よりも自らの間違いに気づくことは難しそうです。
まして、このような人が「思い込み」を訂正するのは、かなり困難となる可能性があります。
そして、「思い込み」しやすいという傾向は他の言葉にも現れている可能性があります。
自分が「うろ覚え」にしている言葉が他にもないかどうか、一度チェックしてみると良いかもしれません。

[実例]

日本人とは、かくも「平仮名の間違い」に弱いのでしょうか。
このような「平仮名の間違い」が原因と思われる誤字等の品種を、「平誤科(ひらごか)」と命名しました。

[亜種]

うるおぼえ:1,760件
ウル覚え:637件
売る覚え:141件
うろうぼえ:4件
うらおぼえ:113件
うら覚え:629件
裏おぼえ:2件
裏覚え:373件

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